外側から見たユニークな視点でコメント
今、内外で起きている出来事を 専門家の視点で眺め、ここでは建設的な解決策を示唆 提案します。多角的なグローバルな議論、提案を参考にして下さい。 明日をより住み良い国に 変えるべく知恵を絞る出発点にしていただければ幸いです。(JCNCC 橋中進)




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自浄能力のない企業(部分)
日本企業の倫理観

環太平洋連携協定(TPP)と自由貿易協定(FTA)
保護貿易が駄目にした農業

中国、2歳女j児を2度も轢き路上に放置
通行人バイク車は誰も助けない

砂漠に広がる「アラブの春」
つぎは「アジアの春」

世界中から義援金と救済
奉仕活動や献金の提供者が癒されるとき

九州電力の「やらせメール」
本当の刺身の味は?

ドイツの原発全廃計画
「マンハッタン計画」とオッペンハイマー

素直者が沈み、悪者が浮上する
原発推進のPR映画

明るみに出た闇のカラクリ
ウィキリークスの外交文書公開

原発安全神話の崩壊
世界が注視していた日本の原発

サッカー・ザック・ジャパンから学ぶ
伝統のフォーメーションから脱皮する日

反日暴動に油を注ぐ証拠映像非公開
尖閣ー世界の反響(2)

尖閣衝突 世界はどう見ているか
尖閣ー世界の反響(1)

尖閣諸島波高し(2)
領土問題の考え方

尖閣諸島波高し(1)
中国漁船船長逮捕

前人未踏の地に命がけで挑む
冒険家が育つ環境

消費税は贅沢税
世界の趨勢は低所得者に払戻し

もう一つの神話が崩れ落ちた
親方日の丸企業の倒産

ワシントンの策に落ちる日本
基地移設問題と鳩山首相の苦悩

優等生より不思議な国のアリス
急ブレーキがかかったトヨタ

世界の反響ー普天間移設問題
ニューヨークタイムズに寄せられた意見

国際感覚のある指導者
米軍普天間飛行場の移設問題

海外から見て高止まりしている物価
デフレスパイラルの危険性

イルカによる地震予知
シナリオとちがう駿河湾沖地震

ダブル・スタンダート行政
アマゾンに利用された形式主義

こどもの日、受難、奪われる短い命
あとを絶たない幼児虐待、折檻死

化石となった司法長老
野党党首秘書の逮捕

英国の政権交代のメリット
アメリカ式資本主義のデメリット

内政干渉と民主主義
舵取り役が必要なAA諸国

液体は航空機内持込み禁止
日米官吏の倫理観、特権意識


米国が陥った最大の経済危機
さよならブッシュ大統領

生活保護費の行き先
絶対に買収されなかったエリオット・ネス

ロシア人力士とモンペ
過剰な責任感と腹切文化

わが国のこの美しい儒教思想と落とし穴
仁も義も知らない若者

今まで議論されなかった重要な核心
御巣鷹山 日航機墜落事故

国民総参加型の社会への序奏
少数のエリートキャリア支配の終演
バカンスの季節
西側の自由と東側の自由

現代の姥捨て政策
累進課税型消費税制度

船長不在のまま荒波の中を出航
日銀総裁の椅子

心の中に雪が降る
いのちの尊厳道遠し−最高裁判決

住民投票と間接民主主義
政治無関と心股裂き現象

渡鳥, 餌場を飛び去る
資本流出が止まない

船中八策、新国家構想
自民ー民主大連合構想の失敗

企業を取り巻く風土、科学技術も変わった
消費者を騙す、偽装、偽表示、羊頭狗肉

民間による検察・警察の監視機関の設立
NY苦情調査委員会

現実化するフィクションの世界
航空機内に液体物持ちこみ禁止

謝罪は玉虫色
くすぶる従軍慰安婦の問題

「勝者の文化」と「敗者の文化」
諸行無常ともののあわれ

中国、韓国に抜かれる力を失っていく日本

「偽履修」皆で誤魔化せば怖くない

鬼に金棒核兵器、北朝鮮

ネオ・ナチ(?)ネオ・ミリタリズムの台頭(靖国メモ)

消費者とマインドコントロール

人を呑み込んだ市民プール吸引口

この流れを止めてはならぬ
小泉純一郎と小沢一郎

「GEISHA」と「恥の文化」

たった一つのシーちゃんの金メダル

「コペルニクス的ばか者」耐震強度偽装事件

人口の減少が始まった需給関係が逆転

IT黎明期400億円のミス

変質者を監視性犯罪から幼児を守ろう

記憶にありません日歯連ヤミ献金事件その後

検察・警察の権力を監視

小泉純一郎と衆議院選挙2005

真昼の決闘郵政民営化

財閥企業の犯罪

子供の虐待死母親110番を創ったら

北海道警は自身を公平に立件できるか

JRの事故は首都圏でも起るか

戦後60年くすぶる火種

アジアの覇権と反日デモ

黒船来襲日本的企業社会に

「高徳」という精神論

1億円ヤミ献金事件裁判の行方

ひとつの命を惜しみ
慈しみ大切に扱おう

実力があるものにメダル

日本の人身売買、売春や強制労働

イラクで邦人が拘束

二つの選考委員会

汚職返上へ新政権が“腐敗官僚狩り”

消費税2桁時代

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地図の読めない女、ひとの話を聞かない男

北朝鮮からのミサイル攻撃

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ある虐待死と餓死のこと

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コラム

自浄能力のない企業(部分)
日本企業の倫理観、
後半へ



 内視鏡のトップメーカーオリンパスが、20年間も不正経理、粉飾決算をかさねていたことが最近見つかりました。その不正が明るみに出た原因は、解雇した英国人の取締役の告発でした。残念なことに、経済界の首脳の中には外国人などを雇うからこんなことになったと思う人も少なくありません。

 もし、その外国人が告発しなかったら、20年、50年、100年、いや永遠に続いたでしょう。 わが国の企業社会は、表と裏の2重構造を使って世界経済第2位(現在は3位)までのし上がってきました。 不正をしても、それが永遠に発覚しなければ、それで利益がえられるなら、経済界の首脳、経済団体の首脳はそんな倫理感で日本の政治経済を先導してきました、

 日本企業の倫理観、自浄能力のないことは、昔から世界の常識となっていました。 日本人には、情けないことに自身を律する能力がないと思われています。 海外では、大手商社が常套手段としてやっている賄賂戦術は、今も世界のビジネス界から眉をひそめて眺められています。 時々、海外では摘発されますが、なぜか国内の司法当局は黙認しています。

 ただ、この問題は、スポーツ界のドーピングの問題と非常に似ています。 ドーピングしないと勝てない、だからドーピングをやる。ばれなきゃ良いじゃないか。 確かにおっしゃる通りですが、やがて、本人の身体はボロボロに朽ちて、ついには命を奪われることになります。

 そのいい例が日本航空の倒産です。そこに、大企業がボロボロに朽ちて行くさまの典型を見ることができます。

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コラム

環太平洋連携協定(TPP)と自由貿易協定(FTA)
保護貿易が駄目にした農業



  秋になると、果物や野菜が豊富に青空市場(いちば)の店先に並ぶ。海外に出かけると、日本の果物や野菜の味が 、恋しくなる。というのは、欧米などの市場でも、柿や桃、栗、梨、メロン、みかん、西瓜、多様な果物が手に入っても、味も質もどこか違う。そのほとんどが中国、中南米、アフリカ、アラブ諸国からのものらしく大味で甘味が乏しい。世界中を歩いてみて、日本原産のくだもの以外では美味しい物はたくさんあっても、 味、甘味、大きさ、色、どれをとっても、日本産以上の美味しい高品質なものに出会った経験がないのです。

  それなのに、なぜ日本産のあのおいしい果実を海外に輸出しないのだろうか。アジアの一部の国へは輸出しているらしいですが、値段が高くて売れない。グルメか、資産家がたまに買う程度です。その理由は、日本産の果実は、現地の平均価格の2倍から、時には10倍もします。(たとえば、メロンは北米では100円で買えますが、日本では1000円近くで売られている。)

 だから、売れない、輸出できない、と農業生産者の努力も思考もそこで止まってしまったのでしょう。  もし、もっと安く、現地の平均価格程度で売れば、間違いなく日本産の果実や野菜は売切れるくらいの人気が出るでしょう。いままで、メードインジャパンの旗頭だった、電気製品や自動車の輸出もインド、中国に押されて、かげりが出てきた昨今、もし安かったら、美味しかったら、安全だったら、日本の農産物も、新しい輸出戦略品として、海外で売れることは間違いないでしょう。減産などしなくても、美味しい日本のお米は世界中に寿司米として輸出できます。 反面、自由貿易になれば、珍しいパパイヤ、マンゴー、リーチなどが入ってくるので日本人はもっと果実を安く楽しめます。

  今、日本製品の海外価格は、通貨為替の「からくり」のために高価になっています、これが問題なのです。戦後、1ドルは360円だった。もし、今、自由貿易になって、このレートで農産物を輸出できれば、海外で現在の5分の1の値段で、日本の農産物は売れます。そうなれば、農産物で半導体や自動車と同じようにわずかな外貨でも稼ぐことだってできるのに、なぜ、農産物は25年前、輸出奨励品目にならなかったのでしょうか。 現に中国、スペイン、イタリア、中東、イスラエル、中南米諸国は、農産物で相当な外貨を稼いでいます。

  中国は現在、半固定制の通貨為替制度を採用していますが、将来変動制になったとき、日本がここまでに犯した失敗を繰り返すかどうか、非常に興味のあるところです。勿論、中国は日本の轍を踏まないように、外貨減らしに、ありとあらゆる策をとるに違いありません。(たとえば、ギリシャ国債危機で世界が騒いでいるとき、EU圏外の中国がEUに多 額の資金拠出、援助したのもひとつの外貨減らし一策だったのでしょう。アフリカ諸国の資源開発にも多額のドルを出資しています。)

  戦後日本は、敗戦処理で外貨不足、ドル飢餓に陥ってしまいました。そこで、外貨を得るために工業製品、電子機器、自動車、精密機器の分野に集中的に国費(税金)をつぎ込んで、外貨獲得の掛け声のもとで、企業に輸出奨励金をジャブジャブ出しました。なぜか、そのとき農業産品は蚊帳の外に置かれ、日本の農業は将来の成長品目の中か ら除外されてしまったのです。

  潤沢な国費を使った輸出奨励政策が功を奏して、日本の外貨準備高は少しずつ増えていきました。ところが、外貨飢饉の苦い経験をした日本政府(日銀)は、たまった外貨を金庫に溜め込んでいきました。毎年増え続け、現在の外貨準備高は、1兆ドルを越えてしまいました。 (実際、外貨1兆ドルも準備するひつようはあるのでしょうか) 勿論、そのころ、一般人の海外旅行も禁じられました。使わないでためるだけですから外貨ドルはたまる一方、当然日本の貿易相手国は怒り出します。売りつけるだけで、買わない。一心に外貨を溜め込んでいる日本に、「もっと俺の国の製品を買ってくれ」と、アメリカが中心になって騒ぎ出しました。

  それでも、高い関税障壁を崩さず、輸入を増やそうとしなかったから、ますます外貨はたまる一方、今の中国と同じです。そこで、対米貿易赤字問題を抱えている諸外国の大蔵大臣をニューヨークのプラザホテルに呼び出し、為替レートを大幅に、米国の貿易赤字が縮小するようなレートを迫り、初体験の日本にも約束させました。これがプラザ合意で、その後、日本円は、ドンドン レートが切りあげて、ついに、今日1ドル75円台まであがってしまいました。この為替操作手法で、アメリカは対日貿易赤字額を5分の1に減らし、日本人の海外資産は、5分の1に減りました。小国で真の金融専門家が不在の国民の悲劇は、まだ続いていきます。

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コラム

中国、2歳になる女の子をライトバンが2度も轢き路上に放置
通行人バイク車は、よけるだけで誰も助けない



 ショッキングな出来事が中国のCCTV上で流れました。 中国、2歳になる女の子をライトバンが2度も轢き路上に放置(クリック)( 映像ビデオ  )

 広東省の仏山市の路上で、2歳になる女の子がライトバンにはねられ、まだ生きて動いているその子を、さらに後輪で轢きました。そのあと、ひき逃げされた女の子は、路上に倒れて動けません。まだ生きています。 そこへ、何人(18人)かの歩行者やバイク、車が通りますが、倒れている女の子をよけるだけで誰も助けようとしません。

  もう一台の別のトラックが通り、倒れているその子に気がつかずにもう一度轢きます。(実に残酷です)  女の子「悦悦ちゃん」は、かわいそうにいま、病院で脳死状態だということです。助からないかもしれません。 この映像を見て、考えさせられるのは、中国では路上で倒れている人を見てもまったく助けようとはしないことで、法律で、けが人、被害者を助けることは義務付けられていないらしい。

  これが毛沢東思想の真髄かと、ただあきれるばかり。世界に誇る経済急成長の裏側で、人間の命を軽視したこんな悲劇が存在していることを知って恐ろしくなりました。数千万人も餓死させた歴史から人の死に対して無感覚になってしまったのでしょうか。

  この記事に対して、同じように、中国の高速道路で女性がはねられ道端に数時間も放置されたままあったと、アメリカ人のビジネスマンのコメントがありました。日常的なこととも言っています。

  中国の小中学校では、徹底的に嫌日教育を課し、事あるごとに「小日本、小日本」と気勢をあげる12億の人民をつくりあげましたが、そういう思想教育の中に、息絶え絶えになって道に倒れている人を助けるくらいの道徳教育を何故しなかったのか、人を憎み、ばかにして、さげすみ、蔑視することばかり教え込んだ毛思想のために、結果、同胞、隣人さえもは助けることができなくなってしまっている。

  社会主義とは非人情で、人の心には慈悲やモラルもないのでしょうか。動物の世界のほうがもっと慈悲があります。

  日本でもこれに似た事件がありました。2008年、最高裁で裁判官の良識を疑いたくなるような判決でした。 (「いのちの尊厳道遠し−最高裁判決」 関連記事)
大津市で2001年に起きた暴行事件で死亡した少年(当時16歳)の母親が、暴行を見ていながら救護措置を取らなかった少年3人と親を訴えた事件です。判決は「現場にいた他の少年に救護義務なし」とするものでした。 そうです、日本でもこれが常識なんだ、とはじめて悟りました。でも、世界の先進国では、救護は法律で義務付けられています。  

  他人のことは他人のこと。わたしの知ったことではない。他人事として傍観すればよいのでしょうか。そんな社会、なんとなく背筋が寒くなります。

 人の心を持っていたら、法律がどうあろうとそんな無慈悲なことは誰もできないはずです。(JCNCC 2011/10/19)



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コラム

砂漠に広がる「アラブの春」
つぎは「アジアの春」がやってくる



 むかし「恋の季節」という歌があった。 いま、あの「恋の季節」の季節はいつだろうかと考えた。多分、春じゃないかな、 だが、ピンキーが歌っていた「恋の季節」は、確か夏だった。 懐メロだから、夏(なつ)が正解とは言えないが。

 「恋の季節」の裏側の季節が秋だろうか。気温がさがり、冷え込む季節。恋人同士や夫婦の間に秋風が立つと、愛情も冷え込む。秋風が吹きはじめたというと、ああ、恋も、人生も、もう終りか、と思ってしまう。

 秋は、あまりいい季節ではない。 イブ・モンタンのヒット曲のひとつ、「枯葉」という曲は、誰でも一度は聞いたことがあるだろう。 枯葉というと、なんとなくロマンチックに聞こえるが、フランス語の原題は「死葉」。なんとなく背筋が冷え込むホラーじみてくる。歌詞の内容も、恋人同士の別れだ。

 一方、反対に「秋」にもなんとなく楽しくなる言葉もある。 「秋波」、あきなみと読んでもよいが、中国の漢詩が原典だから「しゅうは」と読むのが正しいらしい。 絶世の美女が、異性に思わせぶりな流し目をおくることを秋波をおくるという。

 この流し目をおくられた男は、季節が一転して春が来てしまうことになる。 最近の政治の世界でも与野党間で秋波の送受をときどきやっているのを新聞記事で見る。 ただ、美女の流し目だから、まともに信用して、近づくと大変な怪我を負ったりすることもある。 春夏秋冬、美女の流し目には注意しよう。
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世界中から義援金と救済
奉仕活動や献金の提供者が癒されるとき



 今回の東日本大震災、原発事故で大打撃を受けた日本に、世界から救いの手がのべられ、そのうち義援金だけでも数千億円にもなった。 実際に被害を受けた被災者は、この援助を地獄で仏に会ったように感じたのに違いない。この感謝の気持ちは、多分一生心の奥に残っていくだろう。 阪神大震災のときにも、世界から義援金は寄せられたが、今回はその時の数倍は多かった。

 もうひとつ、特筆すべきことは、阪神大震災のときから一般人のボランテア参加が急速にひろがった。それまでは、ボランテアは、労働力の無料奉仕くらいしか概念がなかったので、人が集まらなかった。あの時以来、今回の東北震災でも多数のボランテアが遠くからかけつけ、困っている人を助ける社会環境ができた。

 欧米のキリスト教社会では、子供のときから教会にでかけ、そこで神に対する感謝の気持ちとして、献金、ボランテアの習慣を生活の中に植えつける。 東京の街を歩いて、浮浪者は良く見かけるが、道行く人にお金や、物乞いをしているのを見たことがない。 東京にも、大正昭和時代には乞食と呼ばれた浮浪者はいたと聞く。 それが何故、いなくなったのか。 その理由は簡単だ。 「街で、物乞いをしても、喜捨(きしゃ)をしてくれる人がいない」からだ。

 人間社会の「きずな」となる感謝と慈悲の感覚が薄くなってしまったからだろう。 キリスト教社会だけでなく、仏教の国にもこれと同じ美風はある。 タイ国は、仏教色の強い社会だが、タイのお坊さんは、托鉢と呼ばれる物乞いを、庶民に向けて日常して歩く。国民は、仏に対する感謝として何がしかの寄進をする習慣がある。ただし、この慣わしはわが国にはない。

 原理や理屈はさておいて、実際に自分が災難や不幸にあって困っているときに、何がしかの義援を他人から受けると、その行為(こころ)に、それ自体の価値の何十倍かの価値を感じ、それと同時にひと(神)は、自分を助けてくれた、見捨てなかったと世の中との連帯感を強く感じるものだ。

 たぶん、今回の大震災の被災者も同じことを感じたに違いない。 義援金最高額200億円を送ってくれた台湾は、「昔、台湾が地震にあったとき、日本人が助けてくれた」といっていた。多分、日本から救援が義援金の何倍にも感じ、そのときの感謝の気持ちを今回、返してくれたのだろう。 通常の政府間外交活動よりも、災害時の民間外交の方が何倍か効果があることを示した例である。
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九州電力玄海原発をめぐる「やらせメール」
本当の刺身の味は?



 ひと昔かふた昔前になるが、欧米人に「日本では魚を生で食べる」といったら、そこにいた全員が顔をしかめて「うェっ、臭い、美味しくないだろう」と、日本人はゲテモノ食いの野蛮人じゃないかという顔をした。 「魚は、新鮮なときは臭いなんかしない、とても美味しいよ」といっても誰も信じなかった。彼等の頭の中には、自国の魚屋の店頭に並んでいる腐りかけた、悪臭を放つ魚しかなかった。

 そのときの彼等の見せたゆがんだ顔は、丁度われわれが、中国で美食家がテーブルの真ん中に置かれた皿の上の猿の頭を開いて脳みそを箸でつまんでたべる時見せる軽蔑の混じった野蛮人に向げるあの視線と同じだ。

 最近、欧米では健康食品として、カロリーの低い「寿司」が紹介され、寿司ブームが起きているが、寿司とくれば、刺身はつきものだろう。 その昔、生魚にしかめっ面した欧米のグルメが、鮪のトロの刺身を口にほうばって「うまい、おいしい」と舌鼓を打っている昨今である。

 今度はこっちが「うぇ〜、美味しい? 刺身の本当の味がわかる?」 軽蔑の混じったあの視線を返してやる番だ。

 刺身は、正真正銘、日本の食文化だ。マグロの脂身の切り出し方、方向、身の厚さ、大きさ、硬直度、色、つや、舌さわり感、わさびの新鮮さ、たれの色、濃さと粘ばり、高湿度など、これらすべてがそろって真の刺身の味がある。それ以外は刺身ではなく刺身風味の偽もの。 それを、刺身だといってフォークで食る連中は、おかわいそうと思ったりした。
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「マンハッタン計画」とオッペンハイマー
ドイツの原発全廃計画

 

 このほど、ドイツは、11年後の2022年末までにドイツ国内の全原発17基を閉鎖することを決定した。同じようにスイスでも、原発の全廃を決定している。 ドイツは、ヨーロッパ、EU内最大の産業国であり、その電力エネルギーの約3割を原子力に依存している。

 この原発の全廃は経済の発展に相当な障害になり、ドイツ経済は間違えなく、エネルギー比率が現状のままならマイナス成長になることは自明だ。

 原発の廃止によって、2022年までに電力不足分を、風力や太陽光など再生可能エネルギーの普及、送電線網の建設促進、エネルギー効率の高い住居の建設促進などを図る方針と決めた。

 もし、この原発廃止宣言がそのまま遂行されたとしたら、ドイツは相当な代替エネルギー技術を開発しなくてはならない。鳩山元首相の炭酸ガス(CO2)の20%削減案よりは、はるかに難かしい。

 ドイツは従来から、地方議会に原発に対して「緑の党」を中心に猛烈な核アレルギーがあった。 世界で唯一、放射能の被爆被害に3度、東海村の事故も入れると4度も放射線の洗礼を受けた日本国でさえ、原発依存政策は捨て切れないている。世界の科学技術の最先端を誇る、ドイツ国民が、お隣のフランスよりも、原子力発電に対して信頼を置いていないことは、長い間の不思議だった。

 日本が、原発放棄をするならわかるが、どうして、世界に先駆けて、日本よりさきに原発に見切りをつけたのか?
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素直者が沈み、悪者が浮上する
原発推進のPR映画



  東京電力が半世紀ほど前に原発推進のPR映画を作っていた。( http://live01.mediaimage.jp/0687/reimei.wmv)見た人も多いだろう。 その映画を今見ると、よくもこれだけ虚妄を並べて、白々しく住民をだましたものだと感心する。 見ていて怒りよりも、原発事故避難民の方々には申し訳ないと思いながら、笑いが出てきて困った。

 それは、バブル期のインチキ投資顧問会社が作成した沢山のPRビデオにナレーションがそっくりだったからだった。 当時、多くの零細投資家がインチキ投資会社のビデオを見て、なけなしのへそくりや、退職金をはたいて、その詐欺師らの口車に乗っかって、全財産を失った。

 どうしてこう簡単に騙されてしまうのか。 オレオレ詐欺にしても信じきれないくらいの数の高齢者が、次から次へと被害にかかる。これは、日本だけの特異な現象だ。

 電力会社が悪い、投資会社が悪い、オレオレ詐欺師が悪い、では済まされない。これは言い難いが、だまされる方にも多分の責任がある。いままで、われわれは、ひとを信じるように教育されてきた。

 たとえば、ひとを疑うのは相手に失礼だとか、お上のやることに反対すると周りから冷たい眼で見られたり、いつも、疑問や異論を持ち出すことに抵抗を感じてきた。 何も疑問を発せずに、ただ素直に従順に従うことが、美徳のように思ってきた。
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明るみに出た闇のカラクリ
ウィキリークスの外交文書公開



 米グアム移転費水増し日本の見かけの負担軽減を装う [ウィキリークス外交文書公開] 

 学問の分野でも、アナログとデジタルの世界みたいにはっきり分けて扱うところがある。 それは、自然現象を扱う分野と人間が生み出す社会現象を扱う分野と分けて考え、研究する。たとえば、前者は物理、化学、数学など、後者は経済学、政治学、歴史がある。 物理学では政治学は解けないし、経済学で化学反応は論じることはできない。だが、この固定観念はいまや変わりつつある。

 4半世紀以上前の話になるが、英国の大学院で経済学(社会科学)を研究している学生が、自然科学の分野で使う負のフィードバック理論(*)を教えてくれと言ってきたことがあった。そのころ私も同じ大学院で研究していた。フィードバック理論は経済学でも政治学にも当てはまる、利用できると言うのである。

 半信半疑で聴きながら、とにかく熱心に聴いてくるので詳しく、拙い知識で少しづつわかりやすく時間かけてチュートリアルをした。 その後、米国の大学でもフィードバック理論を社会科学の分野に使うようになったことからフィードバック理論は、政治学、経済学でもポピュラーで重要な位置を占めるようになった。最近、これと同じようなことをTV(米PBS)の番組で知った。経済活動の好不況の波は、自然数列に不定期に表れる素数(**)の頻度と一致する、と言うものだがこちらのほうはまったく証明されていないから、これから研究がすすむだろう。

 さて、前置きが長くなったが、最近話題になっているウイキリークスの外交情報漏洩問題だが、最初は英米を始め先進国は猛烈に反対してウイキリークスに攻撃を仕掛けた。だが、最近はその反対妨害運動も沈静化したように見える。

 この現象は、フィードバック理論を知っている人はわかるはずだが、ウイキリークスの漏洩、露出されたものが社会に帰還(ウイキリークス)されるとその社会が瞬時は動揺するが長期的には安定する方向に向かう。(脚注ー負フィードバック参照)

 その反対にフィードバックがなかった例は、いくらでもある。たとえばナチスの独裁政権、フセインのイラク問題、わが国の大日本帝国の暴走にしても、随時フィードバックがなされていれば、修正機能が働いて悲惨な体制の崩壊には至らなかった。



(注*) 【負フィードバック】制御系で使う言葉で、系の出力変化の一部を反対にして系(システム)の入力へ戻す(帰還する)と、変化が減じられるために、系は安定する傾向がある。
H. ナイキスト、Harry Nyquist (スウェーデン人)が1924年にこの理論をBELL研究所で提唱した。

(注**)【素数(そすう)】1とその数自身以外に約数がない、1 より大きな自然数のこと 2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, ・・・・・など

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コラム

原発安全神話の崩壊
世界が注視していた日本の原発



 今回の東日本大震災で被害を受けた東京電力福島第一原発 事故は、原発関係者の事故に対する初期認識の甘さと経験の浅さ、技術レベルの低さに起因している。かつまた大組織の官僚体質が事故を拡大したことは万人の目にもあきらかだ。だが、それ以上に気になるのは、原発運用者に、核反応という宇宙の誕生の根源とも考えられる物理現象、正体が解からぬモンスターを、人間が手なづけられると錯覚した、とんでもない奢りがなかっただろうか。

 原子力の利用とは、われわれが身近に見る分子の世界、たとえば水や空気、石油、天然ガスとは違ってさらに小さい量子の世界、原子核を扱う世界である。人間がこの世界に顔を突っ込んでまだ百年余りしかたっていない。今でも核や素粒子の世界は完全に解明されていないものばかりである。

 例えば、超伝導物体が突然超伝導でなくなったりする現象は長らく解明されなかった。 電子はマイナスに帯電していると教えられたが、プラスに帯電した陽電子も発見された。 原子力発電では、中性子を不安定な核にぶつけることによって崩壊分裂するときの熱を利用する。このとき、熱のほかに陽子や中性子、電磁波を放出する。何故、あの厄介な電磁波が出てくるのか。電磁波を出さないようにできないのか。まだまだ人間の手ではそこまで調理しきれていない。もう少し進んで、陽子や中性子など放射線が出ない原子力発電はできないのか。

 この非常に不安定な核分裂現象をだましだまし、くさいものには蓋をしながら使っている間は、必ず原発事故はまたおきる。 たぶん、現在の技術レベルでは、福島第一原発の問題を解決したところでまたどこかで別な問題が起きているだろう。原子力利用とはそれほど厄介なモンスターが相手なのだ。

 放射線があたると周辺の物質の性質をまったく変えてしまうからだ。今回の1号機の水素爆発も通常では考えられない。水を沸騰させても普通なら水素など出てこない。それなのに爆発するほどの大量の水素が冷却水から精製されたのは、放射線のなす業である。放射線は、人体に入ると身体の設計図に当たるDNAをも書き変えてしまって、健康な細胞をがん細胞に変えてしまう。

 その怖さを知っている世界各国が原子力発電に二の足を踏んでいた理由はそこにあった。 日本は、営利優先の電力会社とそこからの政治献金を期待する原発推進議員が造り上げた、原発安全神話に国民はだまされ、全国十数箇所に原子力発電所をいつの間にかつくった。


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コラム

サッカー・ザック・ジャパンから学ぶもの
伝統のフォーメーションから脱皮する日



 アルベルト・ザッケローニ、今、日本中でこの名前を知らない人はいないだろう。 彼がイタリア人だということは知らなくても、低迷していた日本サッカーをアジアの頂点に押し上げた名監督である。 イタリアといえば、トトカルチョでも知られるサーカー王国。 南米を含めたラテン系の国ではサッカーは国技と言いえるくらい熱狂的なフアンがいる。 そのイタリアで30年以上も名門プロサーカーチームを監督してきたアルベルト・ザッケローニが日本のチームを引き連れて、ドーハでアジア杯をものにした。最近、稀に見る日本サッカーの快挙である。

 ザッケローニ監督は就任後の勝率は5勝3分け負けなし、最初の公式戦で初めてのタイトルを獲得した。 ここで不思議に思えるのは今回、日本チームが蝉がさなぎから脱皮したように急に強く見えたことだ。 今まで、世界の日本チームに関する評価は、守備は世界でもトップクラスだが得点が取れないチームと評されてきた。それが今回は積極的に点を取りに行って成功している。 これも監督の采配によってこんなにも士気が変わるものなのか。

 この監督の優れているところは、選手の持っている隠れた才能、長所を見抜き、引き出す天与の才能があったことだ。ダイヤモンドの加工技師は、まず削る前に原石をあちこちから光線を当て、その反射具合、反射光の色などを丹念に眺めてもっともその原石の価値が出るように削り上げる。これは誰でもできるわざではなく、特別な天与の才能を持ったものしかできない。 その意味で、ザッケローニ監督の采配はすばらしかった。

 また反対に、監督の采配だけで今回こんなにもチ−ムが強くなれるものだろうか。この点が今回の結果で重要なところなのである。歴代の監督は、チームワークを重要視してきた。「チーム一丸となって」「チームのために」などの美辞を頻繁に使った。マスコミやサッカーの専門家たちは、今回の勝利は監督独特の 3-4-3 フォーメーション(攻撃3人、中攻4人、守備3人)にあったと評価するものもいる。 だが、それだけではない、もう少し深いところにメスを入れて勝因を解剖してみよう。

 この監督の成功は、ダイヤモンドの原石の切り方にあった。その石が最も美しく光を発する切り出し方を決め、その後その石が放つ光を増す磨き方を採用したことだろう。 日本人監督を含めて、歴代の監督はチームワークを主体にした厳しい練習と、選手の欠点を修正する方向で指導した。 あるいはチームワークとしての連係プレイ、歯車と歯車の噛みあわせを重要視した。 彼らは失敗を嫌った。これが、選手の頭の中にあるから、光るべく石もどんよりくすんでしまった。

 イタリア人は元来、非常に楽天家である。選手の失敗や欠点を気にしない。それよりの個性を大事にするから欠点は長所にもなると考えている。必ず失敗をすると考えられることでも勇気を持ってやらせる。成功すると、十倍も百倍も選手を褒める。これがイタリア人の気質だ。 褒められたほうは好い気分になって、どんどん自己の才能を伸ばしていく。            


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コラム

反日暴動に油を注ぐ証拠映像非公開
尖閣ー世界の反響(2)



 尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安部の巡視船衝突事件から1ヶ月、一時沈静化したように見えたこの事件が、最近、中国本土各地で1万人を超える大規模な反日運動に発展した。その勢いは収まりそうにない。

 勿論、これは中国政府が影で(容認)扇動していることは明らかだが、 一方、その後の日本政府の曖昧な、 責任回避、隠蔽、中国政府への配慮が、この反日感情を悪化させている。 今もって、現場で記録したビデオテープの公開を日本政府は拒否続けている。 南氷洋捕鯨船衝突事件のときは、映像記録を公開した。 では、公開を拒んでいる理由は何か。前回との違いは、相手が違う以上の理由は見当たらない。

 現民主党政府の中枢はもと社会党の重鎮が占めている。社会主義を信奉したグループの中核にいた人たちである。社会主義を唱えるグループは、ヨーロッパの例でもわかるように、裏の舞台では国際間の強いつながりができている。勿論アジアでも、同じ社会主義同志の連携ができていて、多国間のグループ、党の交流は密かに行われている。

 それ故に、いまの民主党政府は、相手が反捕鯨団体ではできた証拠の公開が、相手中国では遠慮したのではないか。このことについては、海外の声も鋭く指摘していた。

 その様子がわが国が証拠を隠蔽しているように、中国国民には誤解され、日本政府の主張する「中国漁船の故意による衝突」事実は虚偽ではないかと、懐疑心が反日暴動にひろがった。

 社会主義グループ、党間の裏工作の有無は、中国漁船船長の無条件釈放のときも、その後、「フジタ」社員 人質解放交渉のときでも見られた。

 日本の安全保障の同盟国、アメリカはこの舞台裏の取引をどう見ているだろうか。 その結果は、前回のこの欄の「海外の反響」で書いたように、「アメリカがただの唖(おし)をきめ込み見物人となって・・・」 と複雑な思いを抱いたに違いない。

 ここで、心配されるのは今後、裏工作が不調に終わったとき、アメリカは助けてくれるだろうか。 唖(おし)になったまま、突き放さなければ良いが。きわめて危険な綱渡りと懸念するのは私だけだろうか。
(JCNCC 2010/10/17)



 【世界の反響 2】

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 この種の弱腰日本外交は、程度の低い子供じみた北朝鮮や中国政府の行動を単に助長するだけだろう。北朝鮮や中国は、日本ではなく、彼ら自身の不法行為から生じた馬鹿げた事件にたいしてむかっ腹を立てて大騒ぎをしているにすぎない。

 嫌日運動は、中国、北朝鮮、および少し下火になったがまだ本質的には同じ韓国、すべて、これと同じことを日本にたいしてする。

 上記各国内で、政府が巧妙につくった意図にあおられて、そのとおりに無知な民衆が騒乱を起こし、各国政府は、それによって自身の評価、支持率をあげることに利用する。 こうした官製のつくられた国内の騒乱は、政府がそうする理由がほとんどないときでさえ、それぞれの政府が国民の支持を誘導し、自国民を盲目的に操作する方法だ。すなわち国民が日本に向って腹を立てていれば、彼らは、自分の政府に腹を立てることはない。 従って、日本の弱腰が、こうした隣国の政治的行動を単に助長しているだけに過ぎない。 .

 ベラート マジソン

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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コラム

尖閣衝突 世界はどう見ているか
尖閣ー世界の反響(1)



 9月7日、東シナ海の尖閣諸島沖で中国漁船が、海上保安部の巡視船に衝突、 中国人船長が公務執行妨害の疑いで逮捕された事件で、日本政府は、逮捕した中国人船長を処分保留のまま無条件で釈放した。この事件に関して、国内の世論はもとより海外からの反響が異常に大きかった。

 国内の場合は、日本政府の弱腰外交に意見が集中したが、海外の場合は、不気味に肥大化が進んだ中国軍拡の脅威に、欧米はもとよりアジアの隣国からも深刻な危惧の念が、この事件でさらに深まったように見える。

 そこで、この事件に関する海外世論を追ってみた。その中で、世界中に幅広く読者がいるニューヨーク・タイムスに寄せられた世界からの意見の一部を次に掲載した。尚、この中には、中国政府のサクラと思われるものも含まれているから注意して読んでいただきたい。

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 これは中国による典型的な隣国いじめである。 日本には、中国は経済面で脅かすことができる。日本人4人を国家機密の違反として人質にした。レアアース、希少資源の輸出も禁止する。では、日本の対するのと同じような嫌がらせができない他の隣国には、どうするか。 多分、中国の海軍が使われ、そこで、人々は死ぬだろう。

 尖閣諸島は、何時の世紀にも中国人によって統治されていないし、居住あるいは使用されていない。 この島は、1894年から95年に日本国によって実際に調査されている。しかし、石油の大量埋蔵が島の近くで確認されたことから、この島は、今、実は中国のものだと主張する。

 私は、なぜアフリカ人がアフリカに入ってくる中国の国有企業の進出に心配するのかをよく分かる。 アフリカの地が突然、中国の名前になって中国の国益の中心にまもなくなるだろうと想像する。

 マーク ショッツ ワシントン DC

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 無条件の中国人船長釈放は、アメリカの同盟国、日本が新興のグローバル・プレーヤーとなった中国の勢いに外交で行き詰まりに陥ったときに、アメリカがただの唖(おし)をきめ込み見物人となっていた。中国は、いま一度、世界にその存在感を示し、力を証明した。

.モハマード リビヤ国

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


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尖閣諸島波高し(2)
領土問題の考え方



 尖閣諸島沖の漁船船長逮捕・釈放事件の後、国民の中国への認識が今までと大分変わった。 ただ、次のエピソードを知っている人はそれほど驚くことではないだろう。

 約半世紀昔、毛沢東が中国で社会主義改革を推進しているとき、北京、上海など大都市には汚物、腐敗物に群がるハエ(蝿)が多かった。

 このハエを退治しようと出された党の命令自体が面白い。 日本、欧米諸国なら当然駆除剤を増産して、薬を使って一網打尽に駆除したであろうが、中国では、その頃すでに環境に与える薬害を心配していたかどうか疑問だが、人民一人一人にノルマを決めてハエを捕獲、駆除する方法を取った。

 その頃、中国の人口は10億人弱、確実に一人が十匹捕まえると100億匹のハエが駆除できる。 (実はハエの数より、人口の方が多かったのではないかとの笑い話も残っている)。 こうして、大都市からハエがいなくなった。

 これと同じようなことが、農作物稲穂を餌とするスズメの駆除にも採用された。 スズメは、食糧増産の敵だったのである。こうしてスズメが農村から消えた。

 こうした人海作戦は、毛主席が残した中国共産党の最もお得意とする政策の一つになった。 あるスローガンを設定して、国民全体をそれに向ける、個々の意思とか意見、考えは無視される。 国民は、右、あるときは左を向けと命令されればその通り行動する。反対すれば国賊として裁判にかけて死刑になる。こうして、全体主義の国民は完全にロボット化された。
このことを知っていたなら、今回の尖閣島問題の中国側の動きが理解できる。

 20年前、社会主義市場経済に移行してから、中国は日本をはじめ先進国の経済、技術支援、援護を受けて急速に経済発展した。豊かになった経済状況で軍事力を強化をした。核兵器も宇宙技術も開発した。国家の総合(経済・軍事)力の増強後、次は領土の拡大である。 これは、19世紀ー20世紀初頭まで、西欧の全体主義の列強(日本も含めて)が歩んだ非常に古典的で、国家破滅へのルートでもあった。

 中国は古代の地図を広げて、資源獲得の目的で周辺の島を調べてみた。 古代の地図は領土拡大の重要な道具だ。古代中国帝国の地図製作者は、皇帝の権力を誇示するため、王国領土を大きく誇張して描いた。


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尖閣諸島波高し
中国漁船船長逮捕



 今月7日、東シナ海の尖閣諸島沖で中国漁船が停船命令に応じず、海上保安部の巡視船の左舷に衝突、 中国人船長を公務執行妨害の疑いで逮捕した事件以降、日本国内外が俄然騒がしくなってきた。

 日本側の拘置延長決定後、中国は、20日に中国・河北省で「フジタ」の日本人4人を拘束、21日にはレアアース(希土類)の対日禁輸にするなど、たたみかけるように「対抗措置」を取った。

 中国側が東シナ海のガス田開発問題で単独掘削の構えを示し、  中国の一部の税関当局で、日本向け輸出品や、日本からの輸入品の検査を強化して通関が滞るケースが頻発している。これ等は中国人船長逮捕の「報復措置」とみられる。

 報復措置にろうばいした菅内閣は、素人外交そのままを国民に見せ付けた。

 レアアース(希土類)の対日禁輸、「フジタ」の日本人拘束に知らせに あわてた日本政府は、逮捕した中国人船長を処分保留のまま釈放した。 釈放後、中国政府は当然、報復措置を引っ込めると日本側は楽観していたが、 反対に、追い討ちをかけるようにして中国外務省は日本政府に「謝罪と賠償」を要求してきた。

 収拾に向うと安易に考えていた菅政権は目算が完全に狂ってしまった。

 国際経験のある人にはすぐにわかることだが、国際関係は暗黙の了解でことが進むことは先ずありえない。船長を釈放したから報復措置は解除してくれるだろうと考える浪花節的期待は、日本国内だけであって海外ではまったく通用しない。 そこが、外交の恐ろしさである。 もし、政府に経験を積んだ外交専門家がいたら、釈放する前に、条件をつけて釈放したか、日本人4人と引きかえに釈放しただろう。

 すでに、重要なカードを切ってしまっては、いまさら取り返しが付かない大きな失策だったー覆水盆にかえらず。このあとどうするか厳しい外交試練が待っている。 新内閣は独断で進めずに、ノウハウを豊富に蓄積している民間の商社など専門家を交えて慎重に国際問題に当たる必要がある。 事勿れ主義、隠蔽体質の官僚では今までの過去を振り返ればわかるが今回の場合のようなクリティカルな事態ではほとんど無力である。(良い例が、自民党内閣のとき、拉致家族の返還を期待して、米200トンを無償で北朝鮮に送ったことがあったが、何の進展もなかった。)

 また、小沢氏が、昨年、数百人を超える派閥議員などを引き連れて 胡錦涛詣でをしたときの「日中友好」の両者の握手、笑顔は何だったのか。今回、あの友好は何の役にも立っていない。

 さて、この問題で目を外に向けて見ると、
まず、海外のメディアは一斉に、日本政府の失策と報じている。


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前人未踏の地に命がけで挑む
冒険家が育つ環境



 世界最長(*)のアマゾン川の南米アンデス山脈にある水源からブラジル北部の大西洋河口まで 6516 kmを川に沿って歩いて踏破した英冒険家がいた。 エド・スタフォードさん(34才)が、2年4か月をかけてペルーからの同伴者兼案内人とブラジル北部、大西洋岸に860日かけてたどり着いた。この前人未踏の快挙は、間違いなくギネスブック入りだろう。

 最近ギネスブックにランクインするために、「世界一」と目指す記録争い・イベントが盛んである。 世界一長い巻き寿司、世界一大きいたこ焼きなど、なんでも世界一になってギネスブックに載せてもらおうといろいろ知恵をしぼる。

 スタフォードさんもそのギネスブック掲載を目的とした仲間の類かと思って調べてみると、そうではなかった。 彼は「森林伐採が続くアマゾン熱帯雨林の破壊に対する啓発」が主な目的だったという。 ギネスブック族のような生臭さはなかった。 毒蛇や疫病が八方から襲い掛かってくる人類未踏のジャングルを2年半かけて命がけで踏破した勇気あるスタフォードさんにあらためて大喝采を送りたい。

 19世紀、初めて、アマゾンと同じ当時「暗黒大陸」と呼ばれていたアフリカ大陸を横断したリビングストンもアングロサクソン(英国)人だった。宣教師だった彼は、それまで世界最長されていたナイル川の水源を探して、アフリカ大陸を探検したがナイル川の水源を見つける前に、マラリアにかかり、やせ細って暗黒大陸で命を落とした。


 (*) 2007年 新たな源流が発見されアマゾン川の全長は6,800kmとなりナイル川 (6,695km)を超えた。

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消費税は贅沢税
世界の趨勢は低所得者に払戻し



 消費税、税金論議が俄かに浮上している。 だが、国民の税制に対する認識はこれでいいのだろうか。 与野党の税制論議や、マスコミや有識者の一面的な税率論は果たして正しいのだろうか。

 国家財政の赤字が国民総生産の2年分ともなれば、当然、税金を引き上げて 赤字を減らし、黒字にする財政再建が必要になることは、国民の胸のうちでは分かっている。 だが、増税には躊躇する。 この理念と行動の乖離(かいり)は、何処から来るのか。 それにはいくつかの理由が挙げられる。

 先ず第一に、国民の大半は、税金、即ち「年貢」と考えている人がいまでも少なくない。 明治以前の幕藩体制の下では年貢と言う厳しい徴税が強引に行われた。 年貢は、取られるだけで納税者には、目に見えた恩恵はほとんどない。 取られただけ損した気持ちになる。しばしば納税者の応分を越えた徴税が、江戸時代、藩が財政危機に陥ると行われた。

 特に、年貢納税者の大半を占めていた貧困農民層への取立ては厳しく、農民自身の 食べる米まで徴税役人は、取り上げ持っていった。 俗に言う「百姓と雑巾は搾れるだけしぼれ」と言われたほど、農民の生存権を奪うまでの 年貢の徴収が行われた。 この悪評高い、役人の徴税イメージが納税者の頭の中に残っている。

 第二は、徴税制度の不公平性がある。 正直者ほど税金を取られ、高所得者なれば幾多の優遇税制が存在して、所得相応の 納税義務を果たしていない。 高額所得者は、多くの税務専門家(税務署OB)を抱え込んで、現行の税制の網目を 巧みにくぐり抜けて、節税(脱税?)を容易にできる仕組みがある。 これは、正直な非高額所得者、納税者には納得できない。(例えば、商社の納税操作などもその一つである)

 第三は、現在、生活保護、子供手当て、障害者手当てを受けている人は別として、普通の納税者は、納税による恩恵が目に見えるほどない。税金で世の中がこれだけ住み易くなったという実感がない。 これも、国民の納税意欲をそぐ原因になっている。

 これら問題は、現在の税の徴収法が直接税方式による短所で、これを間接税方式にすると この問題は希薄になる。 第一の強制的な徴税概念はなくなるし、第二の不公平感もなくなる。 俗に言う「黒四(964)」(*1)と言われる個人所得の捕捉率が間接税方式では、ほぼ100%できる。ただし、所得割合に対する逆進性は残る。 第三の納税に対するリターンは、いままで長い間、自民党政権下では、一般国民にたいして直接社会保障制度など税還元はほとんど行われなかった。民主党政権に代わって、児童手当て、授業料無償化、高速道路の無料化など、次々に目に見えるかたちで、国民に直接還元してくれる政策が進めば、この懸念も徐々に薄らぐ。




(* 注1)給与所得は9割捕捉され課税されるのに対し、営業者は6割、農民は4割程度であるという、不公平感を示す俗語。(広辞苑)



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もう一つの神話が崩れ落ちた
親方日の丸企業の倒産



 日本航空がついに倒産しました。 親方日の丸の不死身と考えられてきた企業もついにつぶれました。 いつかこのときが来るとは思っていたのですが、長いこと低空飛行でダッチロールを繰り返しながら延々と10年以上持ちこたえても結局駄目でした。90年代にバブルがはじける前から、殿様ビジネスと言うか、お役人商売ではお客が近づかなくなっていたのが日本航空の首脳は判らなかったのです。 この企業のてん末は、歌舞伎の「みちゆき」劇を観ているようで、いくら苦労しても宿命から逃れられない、そんなわびしさを感じました。

 だが、倒産の原因はそれだけではなかったようです。これ以外に 倒産の兆候は、山ほどありました。一つ一つ羅列していたら、何百ページもの本になるでしょう。

 40年前からもう日航には乗るのをやめたという人が出はじめていました。 特に、仕事などで海外に出かける機会が多いビジネスマンの間では 日航は利用したくないと言う人がその頃から増えていました。その理由は、それぞれ違ってはいましたが、 基本的なところでは皆同じでした。

 それは、明治維新の後、それまでの武士階級が俄かに庶民相手に客商売を始めてことごとく失敗したのに似ています。 お客にふんぞり返って対応し商売していたのでは、お客が逃げてしまうのは当たり前です。 それでも、戦後、半世紀以上日航が持ちこたえた理由は、国の航空行政下で一社寡占体制のお陰でした。 その時代、民間の航空会社は、国際線に参入できなかったのです。

 一、二昔前、日本発着の国際線の日本人向け料金が通常の国際料金より 割高に設定されていたことがあります。 例えば、北米から日本に来る場合は、日本を越えて香港やソウル、台湾、マニラに飛ぶ料金の方が3,4割安かったのです。 長い距離で遠くにある目的地までの切符の方が安くつという、常識で考えると信じられないことが、 日本政府指導の下で、現実の国際社会では行われていたのです。 この信じられない料金制度を国策として、当時の運輸省と日本航空は馴れ合いで割高料金を 日本人に押付けていました。

 北米から日本までの料金は、さらに遠方の国までの料金の約2倍近く払わされることもありました。 対抗策として北米から東京まで来る乗客は、わざわざその先の香港まで切符を買って、途中で降りました。 その方が安上がりになったのです。




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コラム

ワシントンの策に落ちる日本
基地移設問題と鳩山首相の苦悩





 沖縄普天間基地移設問題が大詰めを迎えた。 鳩山首相が責任を持って移設問題は「5月末までに結論を出す」と大見得を きった、その期が近づいた。 鳩山首相は、目線を伏せがちに自信なさそうに、口の中で ぼそぼそと言ったのだから、あれは見得ではないかもしれない。

 しかし、見得でなくとも「私が結論を出す」と公言したからにはそれ相当の重みがあり、 秘策をその裏に秘めていたと 想像する。それが、鹿児島県徳之島への移設案だったのか、それともグアムへの部分移設案だったのか、 それとも他に案があるのか今のところはっきりしない。 野党や軍事専門家は、5月末までに結論が出なければ「総理大臣を辞職しろ」とまで追いつめる。マスコミは世論調査の結果を示しながら、鳩山首相のリーダシップの欠如を非難して首相の座に揺さぶりをかける。 その後、徳之島では、島民あげて基地反対運動が広がっていく。

 一方、米国、ワシントンの方は、オバマ大統領以下政府高官が鳩山首相を極力避けようとしている。 ワシントンDCでの核安全サミットで、オバマは鳩山との個別会談を拒否、次の日の食事の席で、非公式に数分間の時間だけ会話を許されただけ。 クリントン国務長官も岡田外相と腰をすえた話し合いには応じようとしない。

 それどころか、ワシントンポストのアル・カメン記者が鳩山首相を「Loopy」とまでこきおろした。 彼の記事の「Loopy」(黒人用語、スラグ)を日本のマスコミは、やや穏やかの表現で訳したが、実際はもっと過激で相手を罵倒、ののしるとき、腕力ではなく言葉でねじ伏せようとしたときに使う。
頭のいかれた、マヌケで馬鹿な首相とわが国の総理大臣を罵ることまでした。 この記者は、多分黒人か混血だと思うが友好国の首相をここまで罵倒するのは、確かに常軌を逸している。

 国内では、沖縄で、徳之島で反対運動、アメリカではマヌケな首相とまでマスコミを扇動して鳩山政権を窮地に追い込み孤立させる理由はなんだろう、その裏に何かあるのか。

 10年前に亡くなったカナダの仏系ピエール・トゥルードウ(Pierre Trudeau)首相は、対米依存主義脱却を目指し、アメリカの政策にしばしば疑問を呈し、キューバ問題ではアメリカより左よりの政策を取り、カストロ政権容認政策をとった。 最近では、同じ仏系のジャン・クレチエン(Jean Chretien)首相が、ブッシュのイラク戦争に反対し、派兵を拒否した。 この両首相の政権時代、ワシントンが取った政策が今とよく似ている。 政府・マスコミをあげて、カナダの首相をこき下ろした。クレチエン首相のときは、チンピラ(Street gang)首相とまでマスコミは書きたてた。カナダの国家財政赤字を槍玉に挙げ、カナダは財政赤字で破産すると罵った。 結局、クレチエン首相は、自由党政権の中端で下野した。

 この前例を知る人は、今回の騒ぎも、ワシントンが鳩山の政策に懸念があるか、嫌いなのだとわかる。 総選挙前に鳩山が掲げた「将来は、米軍基地は国外に」という考え方に不安を持ち、昨年9月鳩山が言い出した日中を中心にした東アジア共同体構想にはアメリカが蚊帳の外に置かれそうな危機感を持った。

 もう一つ、ワシントンが最も鳩山民主党政権が気に入らないのは、今までの自民党政権のように アメリカの言いなりに従順に、反対もしないで「ハイ、ハイ」と幇間のように 服従する姿勢がない。 米軍が金に困れば、思いやりといって日本国民が納税した税金をポンと出す。米海兵隊の移設には、その引越し費用と家族の厚生施設建設までしてくれる。遥かインド洋では、イラク・アフガン戦争に参加した軍艦、船舶には、石油を無料で提供する大判振舞いをした。 この恩恵にあずかった国は、日本はなんと気前のいい国だろうと思った。

 お金があって、お人好しの相手と60年一緒にやってきたワシントンは、 日本国民自体が強いものにはいつも従順に隷従するタニマチ(谷町)性向があるとすっかり 勘違いしていた。 いつの間にか、アメリカ政府高官もこの稀に見るお人よし国を何処までも利用してやろうと考えるようになっていた。
ところが、昨年わが国の政権が変わって、鳩山民主党政権の対米対応の急変に驚き、日本政府が 今までのようにお人好しで、気前良く金を出してくれて盲従してこないことがわかった。そこで、沖縄問題を機に鳩山政権の追い落しを密かに考えはじめたのではないか。

 一方、日本国民なら誰もが知っている駐留米軍に対する思いやり予算や、インド洋の燃料補給のことは、アメリカ国民には知られていない。勿論、西欧世界の人も知らない。 これは前々回、このコラムで取り上げた沖縄に関する世界の反響を読み直してみると判る。(*1)

 アメリカの元軍人は、世界に展開する800余の米軍基地の非合理性をこう述べている。 「われわれ(米国民)には世界中に多くの軍隊を配置するだけの余裕はない。これは、長期間のアメリカ軍駐留が日本、ドイツ、韓国またはフィリピンその他の場所に駐留するアメリカ軍資産の必要性に影響する問題だ。」(リチャード、米軍人)
この軍人でさえ、日本駐留の米軍兵士の給料の一部を日本が出していることは知らない。

 「米国は重大な財政危機のとき、イラクとアフガンの2つの不必要な戦争をしようとしていることは感心できない。外国の基地のためのもうひとつのムダ使いは、国内で必要なところに使って欲しい。」(ミネアポリス住民)も思いやり予算のことは知らない。

 日本の米軍基地が膨大な赤字を毎年生み出しているとすれば、当然、撤退しているはずだが、実際は さまざまな日本政府の経済的な援助受けて米財政に貢献していることを米国民は知らされていない。 今回の沖縄米軍海軍基地の移設に、日本が3兆円近い引越し手当てを出すことは米国民は 勿論、知らない。

 もう一人の米国人は 「米国によって保護された日本が、国内および世界でビジネスにもっと投資することができた。小さな国にとって、日本は確かに世界のトップの産業国のうちの1つになった。フィリピンで、あるいはパナマと同様、米国軍隊はもはやそこに駐留する使命はない。」(レーマン、米国)
その通りだ。確かに、冷戦前には米軍の日本駐留は、軍事のみならず経済面でも大きな 支えになった。だが、冷戦後は米軍が駐留する目的は、米国自身の利益が最優先で、日本の利便はその次に逆転している。 この米国民もこの点を指摘して「米国軍隊はもはや沖縄に駐留する使命はない」と考えている。




(注*1)世界の反響ー普天間移設問題
ニューヨークタイムズに寄せられた意見




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コラム

優等生より不思議な国のアリス
急ブレーキがかかったトヨタ



 影も容(かたち)も分らぬソフト*という妖怪についにトヨタもつかまった。 やっと念願の世界一の自動車企業になった矢先、成長に急ブレーキがかかった。 「トヨタ、おまえもか」懸念していた事態が、この日本を代表する大企業を襲った。 そんな危ぐを常々感じていたのは、多分、私だけかもしれない。 日本では、そんな懸念どころか「世界一になった」優越感に常しえの繁栄を想像したに違いない。 だが、それは私だけではなかった。コンピュータの天才、米アップルの共同創業者のスティーブ・ウォズニアックが 「プリウスはソフトの問題だ」と指摘した。彼には、トヨタのソフト開発能力がわかっていた。

 コンピュータのソフトは、ここ4半世紀、その存在感、重要度が年々増加している。 われわれの生活の隅々までコンピュータが入り込んできている。 コンピュータの技術は、日進月歩、いや秒単位で進歩しているといっても言い過ぎではない。 この流れに、ここ20年間、日本の企業は完全に乗り遅れた。 世界の先端を走っていた携帯電話もいつの間にか海外勢に追い越された。

 ソフトの分野では、先行集団との開きが年々拡大して最早追いつけないところまで離れてしまった。 最新の技術でソフトをつくれない企業は次々にこの妖怪に襲われて、膨大なペナルティー(身代金)を 奪われる。

 記憶に残っている最近2,3年の国内の重大なコンピュータ、システム、ソフトのトラブルを列記してみると、
  •  首都圏のJRと私鉄、地下鉄の駅で、自動改札機が動かなくなった、自動改札機内のデータを読み込むプログラムの欠陥が原因。(2007年10月)
  •  東京証券取引所は、株式の全銘柄の取引を全面的に停止した。売り注文がコンピューターの処理能力を超え、システムダウンの恐れがあった。(1996年1月)
  •  東京ガスは、顧客情報を管理するシステムのソフト開発に失敗し、50億円の損失を出した。(1996年2月)
  •  福岡市にある航空交通管理センターの「交通流管理システム」のコンピューター端末が使えなくなり、全国の空域で航空機の交通量が2時間制御不能になった。(1996年5月)
  •  ソフトの不具合で、 NTT「ひかり電話」で126万台通話不能になった(2008年8月)
  •  NTT東のIP電話トラブルが発生した。ソフトウエアの不具合原因だった(2006年9月)
  •  ネット証券、楽天証券、SBI証券は2008年4月〜09年8月に200件近いコンピュータシステム障害を起こし、障害を放置、顧客が売買できなくなるといった深刻な障害が出た。
  •  電子申請システムで使われるコンピューターソフトに欠陥があり、厚生労働省は、システムを一時停止した。(2007年7月)
  • 東証でコンピューターシステム障害を起こし、先物などデリバティブ取引が一時停止した。(2008年7月)
  • 管理サーバーの認証機能ミスが原因で全日空コンピューターシステムに障害。(2008年9月)
 この他、銀行のATMソフトの故障で支払不能になるトラブルは毎日のように起きている。
以前、この欄でも取り上げた東証の証券売買システムのプログラムの欠陥による IT黎明期 みずほ証券400億円の損失などは、 損失金額が大きく今でも生々しく記憶にある。 これらは氷山の一角で、重大な事故まで進まず一歩手前までいったが公表されないトラブルは、無数にある。
 コンピューターソフトの欠陥から派生する個人、企業の経済損失は、正確に計算された値はないが、官民あわせて毎年相当あるのではないかと想像する。

 何故このようなコンピューターソフトのトラブルが日本ではあとを絶たないのか。 なぜ、この避けなくてはいけない経済損失を止められないのか。

 その理由は、ある問題に起因する。

 日本には、長い間のものづくりの職人技の伝統があった。その技は超一流で世界的に定評がある。
Made in Japan が世界を圧巻したのもこのものづくりの伝統から生まれた。 このものづくりの伝統は、コンピューターの世界では、ハードウエア**と呼ばれる分野に入る。 日本製の小型、高速、高密度、壊れないなどの技術は、コンピューターの世界でもリードしてきた。

 しかし、コンピュータはハードウエアだけではないもう一つの世界、それを動かす目には見えない、 得体の知れない特別の言葉で書かれたプログラム、ソフトウエアが必要である。その中に実際に見えない不気味な妖怪が住んでいる。 専門家の間ではこれをバグ(南京虫)***と呼ぶ。バグは普通は隠れていて、時々現れては問題を起こす。 これはコンピュータービールスとは違う。初めからソフトに住みついている。 ソフトウエアの中に潜むバグ、こんな厄介なものが何故入り込んでくるのか。

 昔は、ハードウエアのカメラだけでも売れたが現在、デジカメになってからソフトウエアがないと動かない。同じことが、TV, オーディオ、プリンター、複写機などすべてがソフトウエアがなければ動かない。

 伝統的に日本人の頭には、形や姿があるものにはその代価を払うが、形のないものはその重要性はわかっていても代価を払うことに躊躇したり、軽く見る傾向がある。

 すなわち、ハードウエアの価値は考慮されるが、ソフトの方は軽視される。 現実に、コンピュータは買ってもソフトウエアは人から借りたり、コピーをとってつかっている人も多い。 そう言う人はハードウエアより高価なソフトウエアを買おうとはまず思わない。 そこで日本では、コンピューターにはじめからソフト組込み(バンドル)販売が始まった。

 その結果、これまでビジネス・ソフトの市場は欧米ほど育たなかった。 ただ、ゲームソフトは、若い人中心に人気があったからゲームソフトの世界だけは成長した。

 コンピューターのハードウエア製造のトップメーカだったNECの元会長がこんな事をいっていたことを思い出す。 「日本人はハードウエアは自信があるが、ソフトの方は苦手だ。日本人にはソフトウエアは向いていない。ソフトウエアは、それを得意とする国に任せればよいではないか」とソフトウエア開発の外注(アウトソーシング)をほのめかす発言をしていた。

 実際、その後日本の大企業はソフトウエアの製作は海外、例えば米国、カナダ、インド、中国に外注している。

 だが、アウトソーシングに頼りすぎると最初に述べたトヨタのように社運を左右するようなことがしばしば起きる。 ソフトウエアはアウトソーシングで、などと軽く考えていたら、大変なことになることにそろそろ日本の企業経営者は 認識を改めないといけない時期に来ている。

 同じ、ソフトウエアをアウトソーシングしている米国の企業は、自社にシステム設計をする専門家を擁し アウトソーシングしたものも自社で再度精査するため、外注によるトラブルは少ない。

 上記の東京証券取引所とみずほ証券のトラブルも社内にシステム設計の有能な専門家がいなかった。

 さて、この減ることがなく増え続けるソフトのトラブルをどう対処すればよいか。 「日本人にはソフトウエアは向いていない」といった考えは本当に正しいのか。 もしそうだとすると、これから第二、第三のトヨタが出てくることになる。 しかし、この認識は幸いにも間違っている。今までに、欧米で活躍している有能な日本人にしばしば遭遇した経験から日本人がソフトを開発したり、作成する能力は海外のプログラマーと優るとも劣らずといっても過言ではない。 ただ、日本では優れたプログラマーが育たないのだ。

 では、国内では、何処に問題があるのか、どうすればこの問題を解決できるのだろうか。 これを一朝一夕に解決することは、不可能で、その原因が相当根深いところにあるからである。 まず判りやすく説明すると、原因は日本社会が最も重用する「優等生」の概念を変えなくてはならない。 現在、日本社会を牛耳っている官僚、企業の中枢は、若い頃、受験勉強に明け暮れて狭き門を無事 通り抜けた優等生、エリート達である。この人々には、一つの重要は能力が欠けている。

(* 注1)ソフトウエア
無形の情報、ノウハウ、システム、コンピュータープログラムなど。

(** 注2)ハードウエア
有形の機器、装置。コンピューターや自動車など。

(*** 注3)バグ
コンピューターのプログラム・ミスのこと。南京虫のように予測できないとき、不規則に出没することからその名が出た。






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コラム

世界の反響ー普天間移設問題
ニューヨークタイムズに寄せられた意見



 前回、この欄で米軍普天間飛行場の移設問題を取り上げた。 国内外に多くのご意見があった。その中から米国や海外の意見を ここに紹介する。
今回はニューヨークタイムズに掲載された、ロジャー・コーエンのコラム”Obama's Japan Headache”に対する世界の反響の一部をここに掲載した。多分、これを読んだ読者は、海外、アメリカと 日本国内の見方、認識の違いに驚くに違いない。
国内ではマスコミを通してだけしかわからない海外の見方、実際の声との違いが判る。 読後、皆様のご意見もぜひお聞きしたい。(編集部)

ロジャー・コーエン氏 の”Obama's Japan Headache”の要約は 最後に掲載


     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 米国と日本の戦略的関係は非常に重要であり、米国とNATO(北大西洋条約機構)との関係ほど明確ではないにしても少なからず大事である。コーエン氏の言う通り日本の新政権に対しては基本的には、忍耐をもって望まなければならない。たとえ、沖縄の海兵隊基地の移設に関して前政権との基本合意がなされていたとしても。
最近、ゲーツ長官が日本を訪れて日本側とこの問題を議論したがそれは何の役にもたたなかった。 日本において、彼の日本(鳩山)政府に対するぶっきらぼうな態度や無礼な言動が見受けられた。 もし、現在、米軍の沖縄移転の問題が決裂したときは、更なる話し合いを両者間で進め、彼等の国内問題は日本自身で解決してもらえばよい。 我々は、よい同盟国および友達として注意深く丁重に彼等(日本)の意見を聞くべきである。

マーチン
  マイアミ フロリダ州

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 日本の新聞を読むと、日本は米軍基地が国外に出て行くことを望んでいる。最近の米外交文書公開で、彼らの土地に核兵器を日本の憲法の禁止にもかかわらず、私たちが何年間も密かに核爆弾をそこで隠していたとわかった。結局、私たちは、最新の64年間、彼らの土地で軍隊を駐留していた。今、彼らは冷戦は終ったと言い、彼らのアジアの隣国とより緊密な関係を模索しようとしている、一方、米国はそれをさせまいとアジア地域のトラブルを扇動している。
私は、日本が米軍に沖縄から退去するよう命令を出すその日を期待している。私たちは、軍がそこに営利として駐留する権利はない。どこにいても略奪を繰り返す軍隊、そこ(沖縄)では敵対者だ。 これが、彼ら(日本)のアジア隣国との結びつきについて私たちが知らされているすべてだが、米国と日本の冷戦時代遅れの同盟関係によって日本はアジア隣国との結びつきをじゃまされている。

フィル グリーン
ヒューストン テキサス州

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 問題は、両国の交渉で、すでに決まった交渉テーブルをひっくり返してしまったことだ。 そこに大変な不安と、非難が起こる。米国側は、誰と交渉すればよかったのか、それがわかる日本通が居なかった。新しい政権の民主党は誰がマニフェストに沿って米軍基地を減らす交渉に当たるのか、どうやって実行するのかを証明できる人物が必要である。
同時に、日本が何時でも、フィリピンのように沖縄から米軍を追い出すことができることを、米国は心に止めておかねばならぬ。米国、オバマ大統領側は、少し頭を低くしてある程度、譲歩することも考えなくてはならない。
今のように高姿勢ではうまくいかない。ゲーツ長官が、そうやっていればイラク・アフガン戦争がどうあろうとも、この問題は片付いていたであろう。

アーロン
  シンガポール

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 3万7千人の米兵をすぐさま日本から引き上げて、今、必要としているアフガニスタンに回せ。 日本は北朝鮮や中国の核兵器に対しても自国で守れる位の十分な金はある。

デビット
ブルックリン ニューヨーク

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 日本とアメリカの同盟を弱体化する理由はない、アジアの安定に必要だからだ。それは中国との均衡をとるためにアメリカの助けが要る。
沖縄の普天間基地移設問題で、米国は鳩山首相に同意するべきだ。それには、沖縄の基地を閉鎖(deactivate)してそこにいる米兵を本国に戻すべきだ。 米国が必要なのは、軍の機能を評価し直して、繁栄と基盤を再構築することだ、そうすれば不安定な世界を冷静に対処できるし、西欧社会の価値を守ることができる。 われわれには世界中に多くの軍隊を配置するだけの余裕はない。 これは、長期間のアメリカ軍駐留が日本、ドイツ、韓国またはフィリピンその他の場所に駐留するアメリカ軍資産の必要性に影響する問題だ。

リチャード 軍人
ニュージャージー州

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 コーエン氏の考察および憶測は、多くのアメリカのジャーナリストより正確で、時として警告を発している。 まず、ごく普通の日本人は、鳩山政府の米国との関係が混乱していることに憤慨し、不満である。 コーエン氏が指摘するように、本当の難題はアジア地域で激化する競争に直面して日本と強い協力関係を維持することにある。
この懸念は私が日本にかって22年間の滞在中にそれを感じた時より大きい。
確かに、日本は、米国とより多くの等しい関係を保っているが、同時に、戦後米軍が占領して以来、基地がそこにあることを望まない。特に沖縄の住民は望まない。 しかし、率直に言って、3年以上沖縄に配置された元米陸軍士官として、私はそれらを非難しない。 本州に住む日本人は米軍基地のある沖縄で米兵が起こす犯罪率の高さを知っている。 当然、本州に米軍基地が来るのを歓迎しないだろう。寧ろどこか国外、多分、グアム島に行くことを望んでいる。
ヘノコに、移設することが知らされてはいるが、あの美しいサンゴ礁の海を埋め立てて滑走路を作ることは、悲劇そのものである。

ヘノコ移設は、沖縄人の首を押さえながら金に物を言わせ納得させた、今は与党から追い出され金権政治のいなかっぺ自民党の解決法であった。 また、それから利益を享受できる土建建設会社や自民党以外の人々、沖縄の誰からも支持を得ていない。元軍当局者としての、私は、ヘノコにあまり実利性を見出さない。 鳩山氏は、献金問題でスキャンダルが浮上している。それが何処まで進むかは誰もわからない。 同時に、民主党は連立した小党(社民党・国民新党)に突き挙げられうんざりしている。 社民党と国民新党は、鳩山政府の決定と行動に不必要な妨害している。 だが、次の参議院選挙で勝利できなかった場合ことを考えて、この小二党と連立を続けるだろうと予想される。いまの連立は将来混乱を引き起こすことになることは否定できない。
このことが鳩山政権のリーダーシップに真に訴状を突きつけられることになる。 現在の日本民主党はそれ自体連立である、自民党と社会党の両方の離反者の集合で、多くの政策で政界の反対端にいて、何にも同意しない政治家のあつまりだ。

今後、理路整然と洗練され鍛錬された党として効果的に政策を立法実施することができるか、しばらく見守りたい。 日本人は、いままで与党の為政者の横柄さ、傲慢さ、腐敗と汚職および無能にうんざりした理由で民主党を選んだ。単純な理由で。 そこで、日本人は何を得たのだろうか。

ケン
ロングアイランド

           ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

ロジャー・コーヘン (ROGER COHEN)のコラム ”Obama's Japan Headache”の要約 は次ページ






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国際感覚のある指導者
米軍普天間飛行場の移設問題



 ここ1ヶ月、漂流していた米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、 鳩山首相は12月15日(2009年)、 普天間飛行場の移設先の決定を当面先送りする政府の方針をルース駐日米国大使に伝えた。 鳩山政権が2006年の旧政権下での日米合意を見直し、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ沿岸部以外の新たな場所の選定を進める意向を表明したことに対して、マスコミと野党自民党を中心に、厳しい意見が噴出した。

 「鳩山首相は、米軍普天間飛行場の返還を頓挫させたことで、歴史に名を残すのではないか。そんな深刻な危惧(きぐ)を抱かざるを得ない。」 「普天間移設は、在日米軍再編計画の中核と位置づけられており、他の再編計画にも影響を与えそうだ。米政府の一段と強い反発が予想される。」
自民党総務会長は「国家間の約束事をいとも簡単に破棄し、日米同盟にとって重大な懸案になった。日米関係悪化は避けられない。」
同党の政調会長は「米側から『現行案を基本に、年内に決着せよ』と最後のメッセージが発せられた。真摯(しんし)に受け止め、一日も早く決着すべきだ。」
普天間決断は18日まで…米の「最後通告」ーこんな新聞の見出しもあった。

 これではまるで、真珠湾攻撃前夜のごとき危機感を、政治家やマスコミは国民に煽り立てているかに見える。 これらの意見や記事は、相手、米国をよく知らない妄想と、その反動を誇大視した懸念から生まれたものと考えられる。海で隔離された島国の共通した夷人に対する不安が増幅されて、さらに危機感が広がる。

 幕末の頃、黒船に乗ってやってきたペリー提督を必要以上に恐れを抱いた幕府が、不平等な条件を次々に飲まされ条約を結ばされたことがあった。 あの時、幕府の閣僚や老中に多少でも海外(西欧の典例)を知っているものがいたらあれほど一方的な不平等条約は結ばなかっただろう。

 勿論、沖縄の米軍基地問題と黒船来航とは違う。だが、状況は良く似ている。 アメリカが沖縄に軍事基地をおく理由は、我が国の安全を守ると同時に、 周辺アジア諸国からの要請で、日本の軍国主義が復活し、再びアジア地域に侵略を始めないよう抑止する目的以上に、米国は世界戦略上、極東地域で軍事基地が必要である。 沖縄は、太平洋戦争の戦勝国の戦利品であり日本に返還したあとも、地位協定など 米軍の地位に関する条件、協定、刑事特別法など不平等条項が現に多く残っている。








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海外から見てまだ高止まりしている物価
デフレスパイラルの危険性



 最近、食料品、衣料品の値下げ競争がますます激化している。安くしないと物が売れない。 消費者が財布の紐を締めてしまったのか、家計収入が減ったのか、 不安定な老後のための蓄財にお金をまわしたためか、購買意欲が後退して今までの値段では物が売れない。

 そこで、マスコミが「デフレ」という言葉を連発するようになった。 経済専門家だけではなく、普通のひとまでが、デフレスパイラルの危険性を言い出した。はたしてそうだろうか。

 一方、世界でも例がない超高額な高速道路料金を徴収するわが国の高速道路を 無料にすると約束した民主党の新政権にたいして、その無料化政策に反対する世論がなんと6割以上ある。

 その理由は、高速道路料金を無料化すると道路が混雑して渋滞を起こすという後ろ向きな理由だった。また高速道路と同じ路線を使うJRや高速バス運営当事者からの反対もある。 国民は物価が安くなることに不安を感じ出した。

 また、高速無料化で流通コストが下がり物価のデフレ効果がさらに進むと考えて反対する人もいる。 物価が下がるということは、素直に考えて歓迎することだが、どうしてこれだけ反対する人が多いのか。

 いま、物価が下がると、日本経済に悪影響が出ると考えている人が増えていることは確かである。 欧米では、過去においてデフレは経済に悪影響を与えた。 だが、デフレは危険だと一概には言えない。 物価が下がっただけで、デフレ・スパイラルに入り込まなければ、危険性は少ない。 たとえば、電子機器やパソコンなどは、20年前に比べると半値以下で買えるようになった。 経営努力や技術革新、それに需要があれば、価格が下がってもデフレにはならない。

 国内にいると、今まで1万円もしたジーンズが980円になると買う前になんとなく不安になる。 安いジーンズは、品質が悪いのか、色落ちするのか、何か理由がありそうで心配になる。 しかし、日本の外で見ているひとはこれは今まで1万円したのがおかしいので、日本の業者がたっぷり 中間マージンをとっていたためであることには気がつかない。

 それ以外でも、食品の牛肉、豚肉の値段は100グラムあたりの価格が北米の1キログラムの値段に 匹敵することもある。これは、国内生産者保護のために輸入規制と高い輸入関税によるもの以外に、その規制に 輸入業者が便乗して高マージンを乗せているためだ。

 電気製品では、北米では、韓国のサムソン、台湾のエーサーの製品が割安で手に入るが 日本では、店頭で海外ブランドをたまに見つけるが北米ほど安くない。私は20年以上前から台湾製のパソコンを使っているが、日本製のものより故障がない。3年前、東芝製のノートパソコンを買ったところ1年も経たないうちにハードディスクが動かなくなった。富士通のノートパソコンもNECのも使ったが信頼性の面では、東芝とあまり変わらなかった。 その理由は、サムソンやエーサーが北米の市場で日本製より10年も前から販売(廉売)して、圧倒的な 経験を持っているためにそれだけ早くトラブルが淘汰されているためだ。

 日本のパソコンメーカーは、海外市場に10年出遅れた。何故、出遅れたのか。その理由の一つは、日本では先の牛肉価格と同じように国内市場のほうが海外より10倍高く売れる。消費者は高い国内価格が標準価格と思わされてしまっている。 この内外格差に甘んじて企業収益を保ってきたのが日本企業の経営で、それはわが国特有の談合体質による。 この談合を海外でも密かにこころみた日本企業は、いずれも法に引っかかって莫大な罰金を 厳しく払わされ失敗している。日本にはこの談合を厳しく取りしまる役所が今まで機能していなかった。

 国内の物価は、海外から見てまだまだ高い、いまだに高止まりしている。そこに、新興企業が価格破壊と称して 一切業界の談合から離れて独自に価格を海外並みに引き下げようとする動きが出てきた。 これが、初めに述べた値下げ競争となった。この傾向が広がっていき、悪評高い物価高、住みにくい日本という 汚名を返上するきっかけになればと思う。

 そうすれば、海外からの観光客をもっと呼び込めるし、観光産業が盛んになって観光収入も増える。 資源のない日本が風光明媚な自然資源を観光の目玉として将来広げていきたい。 それと同時に、物価が下がれば国民にも住みよい社会になる。 最近、カナダの街で出会ったフランス系の老夫婦がこんなことを漏らしていた。 「日本に死ぬまでに一度行ってみたかったのだが、高くていけなかった、あきらめて中国に行ってきた。 日本の観光がもっと安くなれば良いのに。」
(JCNCC 2009/12/10)




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コラム

イルカによる地震予知
専門家のシナリオとちがう駿河湾沖地震



 駿河湾を中心にした(マグニチュード 6.5)震度6の地震が発生した。 被害が多数報告され、山崩れや道路陥没、鉄道が一時不通になった。 世界でも有数な地震多発国、日本ではこの程度の地震なら驚く人はそれほどいないかも知れない。

 今世紀に入って、死者が10人以上でた地震は、 2004年 新潟県中越地震(M 6.8)震度 7、死者68人。 2007年 新潟県中越沖地震 ( M 6.8)、震度 6強(柏崎刈羽原子力発電所では震度7)、死者15人。 2008年 岩手・宮城内陸地震( M 7.2)震度 6強、死者・行方不明者23人など、 この9年間に、震度6以上の地震が今回のを含め4回もおきている。

 これだけ頻発する天災、地震を予知する方法は、21世紀の時代になってもこれといったものがない。 現時点では、地震が起きる前はまったく分からない。 最近、地震が発生したとき、その縦波、横波振動が地中を伝わる早さの違いを利用して 震源地から遠いところには無線で伝える方法が開発されたが、 これも地震が発生してから振動を検出するため、本当の予知とはいえない。

 国内で唯一、駿河湾トラフで発生する地震は直前予知がきるとして、 地震の専門家や学者が集まった「地震予知連絡会(予知連)」という組織がある。 その看板からすると、地震予知ができるような印象を受けるが、実際に地震予知ができるのか。

 今回の駿河湾、静岡市沖で発生した地震には、この予知連は何も警告を出さなかった。 1995年、死者不明者6000人以上を出した、関東大震災以来の大地震、阪神大地震でも この予知連は何も予告や警告も出さなかった。地震の予知はできないのか。 そのときの理由は「阪神・淡路大地震は、東海地方ではないので、観測機器などが設置されていなかったため 地震予知は不可能だった」と説明した。

 そのとき、なぜ東海地方だけ膨大な国費を使って地震監視機器を設置して、 6000人もの犠牲者を出した 戦後、わが国最大ともいえる阪神大地震には、予知連は無頓着でいられるのか。 疑問に感じた国民も多かっただろう。なんとも納得がいかない。

 今回の静岡市沖の地震が発生したとき、「スワッ、東海地震」と思った。 でも、予知連は予告の警告も発しなかった。 阪神大震災のときは、予知連は「域外」として予告できないと弁解した。 今度は予知できたはずなのに予告はなかった。
「この地震は、東海地震の我々のシナリオとちがう、発生したメカニズムがちがったから予知できなかった」 とまたも弁解した。 今回の弁解に、専門家やマスコミは寛容な理解を示すだろうが、国民や地域住民にとって、彼らが創った シナリオやメカニズムはどうでもいいのだ。 住民にとっては「地震がいつ起きるか起きないか」ただそれだけ、それ以上は要求しない。

 地震のシナリオは、専門家がきめたものであり、住民にとって、詳細な地震発生のプロセスや シナリオはどうだっていい、地震を一刻も早く予知してくれればよいのだ。 地震が発生してからでは遅い。

 実は、21世紀現在の科学技術では、地震の予知はできない、これを予知できると 考える専門家や学者は、非常に限られたメカニズムのもとで発生する地震だけを予知できるかもしれない、 というに過ぎない。ところが、自然は人間が考えたシナリオ通りには、進行しない。 逆に言えば、人間は自然をまだわかっていないから人間がつくるシナリオ通りに自然が従うわけがない、 ということをわれわれは知らなければならない。

 結論をいうと、地震は人間の考えたシナリオ通りにはおきてくれないから、予知連の「地震予知」はシャーマニズムの教祖のお言葉くらいに考えたほうが無難である。 これがビジネスの話なら、予知連の看板を不当表示として公正委員会が警告を発してもおかしくない。

 一方、地震大国日本では、地震予知は国家の最重点課題であり、この研究はどうしても 進めなくてはならないが、現在の予知連のメンバー、地質学の肩書きに偏った専門集団ではこの問題は いつまでたっても解決できないことは自明である。 では、どうすればよいか。それには、もっと多角的な分野から専門家のみならず一般知識人や自然研究家を 集めてちがった角度の分野から予知の研究を進める必要がある。






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コラム

ダブル・スタンダート行政
アマゾンに利用された形式主義




  ひとつの国で相反する2つの法律がある場合、これをダブル・スタンダート国と言う。 後進国によくある現象で、政府に権力が集中して縦割り行政が先行している場合、 政府が本来、基準を決めてそれにしたがって各々行政が従うべきところを 担当部署間の話し合いをせずに独自にその基準をきめているために発生する。 ただし、普通は時(5年、10年、50年、・・・)が経過するとともにどちらかに統一される。

  縦割り行政の顕著な後進国では、役所毎に基準が違うことが常態化している事が少なくない。 これは、先進国では国民の非難を浴びて許されないが、日本でもしばしば起きる。

  たとえば、税の徴収基準に関して、少し前に海外のベストセラー、ハリーポッターの日本人翻訳者がスイスに住所を移し、翻訳収入をスイスで申告して日本国税庁から追徴課税を受けて 問題になったことがあった。

  2国間で、税法が違うところをたくみに利用して税の安い国で税申告して納税を逃れる方法は個人以外でも企業でも頻繁に行われている。 この問題を解決するために、当事国間で税に関する特別法が設けられ、その基準に従って納税することになっている。 その基準は、「形式的な住所は居住所とみなされず、実質的に活動、営業している住所を住所とみなす」これが世界先進国間の税に関する基準である。

  日本社会の場合は、形式論が標準になることが多く、その良い例が印鑑制度である。印鑑があれば他人でも本人とみなされる。印鑑が違えば本人でも本人とはみなされない。 日本の官庁、役所、金融機関などは、この形式論に固っているため偽造印鑑による経済詐欺事件は、あとを絶たない。現在、印証制度があるのは、世界で日本と韓国だけで、それによる詐欺事件が頻繁に発生している。(韓国台湾は日本統治時代に導入された)

  コンピュータが発達している現在、印鑑の偽造などは偽札を作るより簡単にできる。 時代の流れの中で印証制度は、現実的に本人確認とならなくなってきた。 国はこの制度を国際的水準にそろえて、廃止に向けて法を変えていくことが必要だろう。

 ただ、印証制度のように国内問題だけで済むの場合は、放置したままでも国際問題にならない。国民に被害者が出るだけで、役所は怠慢を決め込んで今のままでも済むが、税金に関しては、国は臨機応変に対処しないと国際間の問題となる。 日本の税の徴収制度が世界の標準に合ないと、必ず他国との間にトラブルを起こす。 国民が被害者になっている間は、それで済むが先進国から苦情がでだすと放置してはおけない。

 米アマゾン関連会社が、東京国税局から追徴課税処分を受け、2005年12月期までの3年間で、無申告加算税と延滞税を含め130億円前後の納付を求められた。  指摘された申告漏れ額は数百億円とみられる。アマゾン日本法人は手数料をとるだけで、 代金の授受は本社で行い、米国で納税していた。

 この件は、日本の税当局が、アマゾンが実質的に日本で営業活動をしていたとみなして追徴課税をしたものと見られる。 アマゾン側は、日本法人は「恒久的施設」ではなく、倉庫機能であるとして相互協議を申請した。

 この件では、日本側が実質論を通しているが、アマゾン側は形式論で対抗している。ただ、これは相手国が日本だから形式論で対抗してきたのだと思うが、他の先進国ではこの議論は、一蹴されるだろう。どこの国もこんな見かけの形式論は通らない。 カナダの場合は、アマゾンはカナダで納税している。アマゾンは日本の諸制度を後進国並みと認識していたためだろう。

 国税庁(財務省)は、形式主義を廃して、実質主義を採って税制を国際水準にそろえた。 これと同じことが、他省にあったらどうだろう。 たとえば、厚生労働省の介護保険制度では、実質主義をとらずに形式主義をとって海外永住者から保険料を徴収している。 厚生労働省は日本に住所を残したままの永住者は、海外に住んでいても日本在住とみなして強制的に保険料を徴収する。ただし、海外での介護サービスは一切やらない。 海外で年金を貰っている生活者は、強制的に年金から天引きされ、介護サービスはなくても、保険料だけは徴収する。これは、厚生労働省が胴元になった保険金不払い詐欺とみなされてもおかしくない。

 日本の役所制度の後進国制を、アマゾンが利用しようと考えた原因は何か。 ”Too Litte, Too Late” これは米国がイラク戦争のとき、日本の政府につける枕詞 となったが、この政府のあり方を米国の企業が注目応用した良い例であろう。

 縦割り行政の産物で、財務省は実質主義、厚生労働省は形式主義で税を徴収をする。 ダブルスタンダート、一国二制度がごく普通に受け入れられている国では、米国企業アマゾンが納税を誤魔化そうと異議を唱えるのは当然かもしれない。 これでは、日本の役所の縦割りの盲点を利用しようとする企業や個人は減らない。
(JCNCC 2009/7/3)


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コラム

こどもの日、受難、奪われる短い命
あとを絶たない幼児虐待、折檻死


2008年度の児童虐待相談件数は40,639件、統計開始の2002年の40倍。

  わが国の幼児虐待、折檻死はあとを絶たない。こどもの日を前に、この問題をもう一度、社会全体で真剣に、考え直してみる必要がある。 子供や幼児の虐待死は、あまりにも悲惨で成人が受ける拷問死以上に残虐であることが世間の大人がなかなか分からない。

 大人の場合は、虐待や拷問を受けても、それを人に訴え助けを求める道がある。ある程度、体力もできている。 子供の場合は、自分の親、義父母から受ける死に至る折檻や虐待は、誰かに訴えて、それから逃れられる方法を知らない。自分が一番頼ってきた人以外にだれにSOSを出せばいいのか。 すなわち出口をふさがれて、袋小路に追いつめられた状態で永遠に終わることのない執拗な折檻、虐待が続く。 この欄で7,8年前に、子供の虐待死について、いたたまれなくなって取り上げたことがあった。 そのとき以来、情けないことに同じような事件は減ることなく今も続いている。 その記事を、いま読みかえしてみてもつらい。


JCNCC 当コラム 「ある虐待死と餓死のこと」(2005/7/1)  より再掲。

  虐待死: 同級生にあざ見られ「言わないで」 杏実ちゃん

   名古屋市南区で市立宝南小2年、鈴木杏実ちゃんが母親の唱子容疑者(32)らの虐待で死亡した事件で、杏実ちゃんが不登校になる直前、複数の同級生に、顔のあざを見つけられ「両親にたたかれた」と漏らしていたことが分かった。杏実ちゃんは友だちに「このことは言わないで。またたたかれるから」と口止めしていたという。

     同級生の母親によると、3ヶ月ほど前、子どもが杏実ちゃんの顔のあざに気付き「どうしたの」と聞くと、「お母さんとお父さんからたたかれた」と打ち明けたという。

     この母親は杏実ちゃんの死亡2日前に子どもからこの話を聞き「なぜ早く言わなかったの」ととがめると、「杏実ちゃんから『このことは言わないで、じゃないとまたたたかれるから』と言われた」と話したという。虐待への恐怖から杏実ちゃんは周囲に助けを求めることができなかったとみられる。

     関係者の話では、杏実ちゃんが不登校になったあと、別の母親が学校の担任に杏実ちゃんの顔にあざがあったことを報告。その後、担任が家庭訪問し杏実ちゃんに確認すると「公園の鉄棒にぶつけた」と答えていた。また事件後、山本国臣教頭は「虐待に気付けず残念だ」と話していた。[毎日新聞から]


  この記事も読み終わってしばらく胸がつかえてボーゼンとしてしまった。まもなく目頭が熱くなって、涙がとどめなくあふれ出てきた。やりきれない。
親から、虐待を受けていた幼児がそれを一生懸命心の中に隠していた。が、誰かからの助けを欲しかったのだろう、それを求めていたんだ、きっと。そして亡くなった。

  この記事を読んだのは、7,8年前のことである。その後、子供の虐待死は減っていない。

  つい最近、2009年4月、大阪市西淀川区の事件。 松本聖香さん 市立佃西小4年、松本聖香(せいか)さん(9)が 3月下旬に1週間にわたり、連日、自宅マンションのベランダに閉め出されている聖香さんの姿が目撃されていた。

  聖香さん宅のベランダでは、カーテンの閉まった窓に向いて立ちつくす女児の姿を、近くの工場で働く男性が目撃していた。 4月5日頃、ベランダに放り出していた聖香さんが死んでいるとわかり、墓地に埋めた。 聖香さん自宅マンションでは、3月20日過ぎの深夜、「ギャー」という女の子の悲鳴を住民が聞いて警察に通報している。

  2009年4月、 もうひとつ同じ4月の事件。 母「長男泣くたび夫がせっかん」。 兵庫県小野市の夫婦が、自宅の冷蔵庫に長男(当時4歳)の遺体を2年近く隠していた。 大塚美由紀容疑者(33)が、県警社署の調べに対し、「長男が泣く度に夫がせっかんした」 義父(34)が、長男への虐待を日常的に繰り返し、折檻死させたとみている。



   虐待死の死因調査によると、絞殺などの身体的虐待、食事を与えない、養育拒否などが大半である。年齢別では、まったく抵抗もできない6歳以下が約9割を占める。加害者は、実母、実父、養継父母と内縁者だった。
   これらの事件の大半で、関係機関が事前情報を把握してる。自治体の福祉事務所、病院、保健所、警察で把握していた。





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コラム

化石となった司法長老
野党党首秘書の逮捕


 次の総選挙が、そろそろ秒読みに入るころ、野党党首の秘書の逮捕というショッキングなニュースが日本中を駆け巡った。 直近の世論調査では、野党の躍進がめだち、与党の支持率を超えていた。 次の総選挙で、50年ぶりに政権交代が取りざたされるようになった時期だった。 次の総理大臣には誰が良いかという問いに、野党民主党党首小沢氏が、与党党首麻生氏を2倍以上引き離した支持率が各紙の世論調査で定着した。

  ところが、この逮捕劇がこの小沢人気に水をさした。逮捕をきっかけに、各紙の世論調査では野党党首小沢氏の支持率が急落して、小沢氏は野党党首の座を辞任すべきだという声にかわった。辞任を要求する声は6割に達している。

 この秘書の逮捕が、明らかに世論をひっくり返したかっこうになった。 この逮捕は検察の恐ろしさを国民に見せ付けるデモンストレーションだった。

  欧米の知識人やマスコミは、この事件に別に驚かない。これと同じことが、開発途上国では日常的に行われれいるからだ。 アジア、アフリカの開発途上国では、国連や西側からの援助を受けるために名目上、民主主義を標榜している。議会が開かれ、議員は選挙で選ばれる。ところが、そこでは、選挙は名目上の儀式に過ぎず、野党はさまざまな妨害を受け、政権政党には永遠になれない。

  最も広く知られている妨害工作は、独裁政権の番犬の役目をする、官憲による野党党首の逮捕、拘禁である。フィリピンのマルコス政権やインドネシアのスハルト政権、タイのサリット政権ではよく行われた。 大抵、逮捕容疑は、軽微な罪で逮捕されることが多い。 今回の野党党首小沢氏の秘書の逮捕の罪は、形式犯であった。







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コラム

英国の政権交代のメリット
アメリカ式資本主義のデメリット


 毎日、気温が少しずつあがり、風も温かくなって木々のつぼみや草の芽がすこしづつ色づきはじめた。 だが、巷の景気のほうは、いまだに冷え込んだまま、シベリアのような極寒の冷え込みが依然として続いている。 米国最大の自動車メーカ・GMは破産寸前まで追い込まれ、カナダ最大の電話機メーカ、ノーザンテレコムは倒産した。中小企業は毎日のように、レイオフを発表して、北米の失業率はやがて10%になることは疑う人は居ない。 米国に詳しい人の話によると、アメリカでは公的な失業保険がないから失業したら次の日から収入がなくなる。 もちろん健康保険もないから、日ごろの蓄えがなかったら、貧乏のどん底まで落ち込んでしまう。体を壊したら医者にもいけなくて病気が悪化する一方、それでも黙って死を待つしかない。

 これが資本主義の舞台裏であるが、同じ資本主義国でもカナダや英国では、公的失業保険制度があり、医療制度は国民全員無料で受けられる。この点においては、多分日本の制度より受益者にとって負担が少ない。 何故このような、違いが出たのかと考えると、過去においてカナダや英国では一時期労働党が政権をとったことがあった。この時代に、労働党は生活者を重点にして福祉政策をとり、失業、医療に対して手厚い保護制度を完成し、その制度がずっと現在まで続いている。

 現在カナダには、労働党はないがもし過去に労働党が存在しなかったら、福祉国家としてカナダ政府が、現在、世界に胸を張ることもできなかったろう。 悲しいことは、米国国民だ。米国には労働党が建国以来政権をとったことがない。それどころか、今でも米国では共産党は非合法として党として存在さえできない。 それゆえ、いつの時代にも福祉などといった政策が後回しにされてきた。 民主党政権の時代でも、福祉政策は黒人やエスニック、アジア系の貧困層を助けるだけとして真剣に取り組まなかった。事実、貧困層の大部分はこれらのマイノリティー(少数派)ひとたちだった。 今回の大統領選挙で黒人大統領が誕生した背景には、こうしたマイノリティーの底力があった。 マイノリティーの声は、大統領の就任式にワシントンに200万人も集まって歓喜となって表われた。 それくらい、アメリカの貧困層に対する差別的政策はひどい。





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コラム

内政干渉と民主主義
舵取り役が必要なAA諸国


 日本でも近年、BBCの国際放送がテレビで見られるようになった。そのニュース番組を見ていると連日のように アフリカ諸国のニュースが流れる。国内のニュース報道では見られない貴重な経験を得られることがある。  イギリスの旧植民地だった国のニュースが多いが、それ以外の国々のニュースもケニヤ出身の アナン氏が国連事務総長になってから急に増えた。 アフリカには、開発途上国というより、未開発国と言った方が当てはまるような世界の最貧国がひしめき合っている。 それらの国では、旱魃、洪水、エイズ、エボラ熱、コレラなど疫病が絶え間なく繰り返して、住民を襲う。 そればかりか、冷戦が終わって世界の武器メーカは、競って在庫の小火器を、反政府ゲリラに 死の商人たちが売りさばいた。

 その結果、それぞれの国では内戦がますます激化して、住民が自分の土地を捨てて逃げ惑う事態が 毎日のようにニュース映像になって流される。何万人にも及ぶ避難民が、雨露をしのぐテントだけの 難民キャンプにおしよせる。難民キャンプがアフリカの荒野に、砂漠に、国境沿いに無数にできた。 トイレもない、水も出ない、食料すらない、もちろん医療制度もない荒野の一角で数千から数万の避難民が ひしめき合って生活している。

 そこでは、生活力の弱い幼児から次々に餓死していく。 疫病が蔓延してその死者がキャンプのはずれにうずたかく積まれている。 住民は、墓穴をほる気力もなくなっている。 この世に今でも残る地獄の光景が21世紀のアフリカ大陸のあちこちに存在している。

 昔、アナン前国連事務総長はその状況を見かねて、余裕のある各国の援助で国連が援助食糧を送った。 ところが、国連の援助が始まると避難民の数がうなぎのぼりに膨れ上がった。 いままで、普通に生活していた住民も自分の土地や家を捨てて、続々と難民キャンプに国連の食料配給を求めて 集まってきたからだ。 さらに、反政府ゲリラ分子まで姿を変えて、国連の配給する食糧を目当てにキャンプに潜り込んできた。

 アフリカの統治国の為政者は何も政策らしいし政策も打ち出さないで、この状況を放置している。 自然災害や疫病の対策すらたてない。 非難民は、食料を生産する努力もやめて、国連が次々に送り込んでくる援助物資を単に消費するだけになっている。 彼らは国連が先進国が何とかしてくれるだろうと外部からの援助を期待している。 きまってそんな国の為政者は、独裁者か自負心が強い軍人が多い。

 この状況を眺めていると、外から舵取り役が入ってその国を建て直ししなければと感じる。少なくとも食料の 自給自足までは改善できるのにと考えてしまう。 だが、民主主義の壁にぶち当たる。明らかにその行為は内政干渉にあたる。 彼らが自分で、現在の状況から自力で脱却するしか民主主義の下では方法はない。 悲しいかな現代の民主主義のルールでは、自国のものが、知恵と勇気を結晶して『自力』で立て直すしかない。

 これと同じことが北朝鮮にも言える。ミヤンマーにもいえる。 アフリカ諸国とは大同小異はあるが、国民の生活を無視した独りよがりの 為政者によって国民は、自然災害に苦しめられ食糧不足に飢えている点では同じである。 いっそのこと、国外から、たとえば国連から舵取り役を招いて危篤状態になった国を救うことができないだろうか。 その行為も内政干渉になるのだろうか。

 このままでは、国家が完全に機能しなくなるまで、人体で言えば心臓が止まり、呼吸しなくなるまでいかないと 更生する道はないのだろうか。民主主義とはまったく不便なものにみえる。

 昭和初期、太平洋戦争の前、軍縮国際会議での話し合いに耳を貸さず日本の代表は議論の途中に椅子をけって 会議場を退席した。そして、自信過剰のまま戦争に突入して負けた。まったく勝ち目のないことが分かった最後の時点でも国民総動員法を打ち出して、死ぬ必要もない女子供まで戦って命を捨てよと、一億総玉砕を訴えた。 この時代の日本を見ると、今の北朝鮮やミヤンマー、アフリカの独裁国とよく類似している。

 西欧人の概念の中に、AA諸国というアジア・アフリカの国々をひとつに括ってこう呼ぶことが多い。 その考えの中には、AA諸国は開発途上国が多いことと、もうひとつは国民が臆病で権力を必要以上に恐れ 、反骨精神や冒険心が弱い。この国民性が、独裁者や独裁政治を生み出す土壌になっている。

 それ故に、AAの国々では、独裁者が出やすく、善政を牽いてくれれば結構だが、悪政を敷かれた場合がほとんど 『自力』では脱却できない。 これと同じ傾向は、東欧の国々にもあるが、AA諸国はその傾向がさらに強い。 中国の天安門事件でも、結局何の改革も出せなかったし、中国共産党の一党独裁はかわらなかった。



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コラム

液体は航空機内持込み禁止
日米官吏の倫理観、特権意識


 前々回のこの欄で、FBI(米国連邦捜査局)の捜査官エリオットネスのことを取り上げた。 彼が「俺はエリオットネスだ」というと悪党チンピラばかりか、マフィアの幹部も震え上がったという。 それくらい、正義の塊みたいな存在だった。(絶対に買収されなかったエリオットネス

昨年暮れ、12月24日、成田空港のターミナルで、「俺は警察庁の者だ」と言った男がいた。 違法なもの(規定量以上の液体)を国際線の機内に持ち込もうとした警察庁のキャリアだった。 空港の検査官は、その肩書きを聞いて手を止めた。違法を注意された警察庁のキャリアは検査用のトレイを検査官に投げつけた。 通報で駆けつけた千葉県警の警察官も警察庁キャリアという肩書きに恐れをなして、 逮捕や警察署への任意同行などの措置はとらなかった。警察庁のキャリアはそのままドイツへ出国したという。

 同じような立場にいる人間の日米の倫理観、特権意識の違いは、雲泥の差がある。 かたや、正義感に燃えた男と、警察庁のキャリアと言って違法行為に特権意識をちらつかせる男。 相手が仕返しの恐ろしさから、黙認するのを計算に入れて「俺は警察・・・」といって違法行為を恥ずかしげもなくやる、 この日米官吏のモラルの落差は大きい。 これが犯罪捜査などの職務途上の事件ではなくて、年末年始の個人的な観光旅行の途上だとしたら、「俺は警察庁のキャリアだ」と言い出すことすら疑問に感じる。 それとも、国際的な航空機持ち込安全規則も警察庁のキャリア特権でくつがえすことが 出来ると考えていたのだろうか。

 既に、海外に出かけた人はもう気が付いたと思うが、飛行機の機内に液体物を持ちこむことが最近禁止された。 5年前、刊行された液体物を使った航空機爆破を扱ったサスペンス小説があった。10年以上も前に起きたパン・アメリカン航空機爆破事件を題材にした、ミステリー「セントローレンス河の十字塔」がそれだ。この本は、この当WEBサイトでも紹介しているので読んだ人も居ると思うが、今までとは違って液体物を使った特殊な起爆時限装置が登場する。 この本を読んだ空港関係者は、液体の機内持ち込みがそのうち制限されるであろうことは、予想していたという。その装置が簡単につくれるものだけに異常な速さで今回規制された。ミステリーの世界から発した警告が、現実に起こりうるかもしれないという疑念に世の中が新しい機内持ち込み規則が設けられた。

 このことを、警察庁のキャリア氏がすでに知っていたら、空港の係官に制止されて腹立ち紛れに トレイをほうり投げることもなかった。この機内持ち込み規則を守れば、自分自身の命も助かることを考えてみれば立腹することはない。

 しかし、この事件の本質的な問題は、もうひとつある。 それは、検察、警察のキャリアは日常、国民を取り締まる立場にいて、 彼ら自身が差配されることがない束縛のない、お上の世界にいる。それ故、自分自身が他人から 監督、統制されることになれていない。 我々国民のように、ときには理不尽で、うとましい法や規則のがんじ絡めの枠の中で生活していないため、他人から逆に掟を強制されたり注意されたりすると、無性に腹が立つのである。 そこで、注意された検査官に物を投げつけたりする。 最近、別の事件では、酒気を帯びた警察官が、電車の中で注意した乗務員を殴った事件もあった。

 現在、検察、警察の思い上がり行動を厳しく監督できるのは、組織の上司任せで外部 の人は実質的に何もできない。身内だけの監督ということになり、どうしても甘くなる。 また、形式的な部外者による倫理委員会はあるが拘束力を持たせず骨抜きになっている場合が多い。 前々回の「生活保護費の行き先」でも述べたように、わが国でも外部の第三者組織による検察、警察のすべてを監督監視する米国のFBIのような組織がどうしても必要である。
FBIは、末端の警察、検察組織内部の人事まで広範囲に、独立して捜査する。この機構がわが国にはない。この今ない監査監視組織を検察、警察システムに導入すれば日常繰り返し起きている多くの不祥事やトラブルは解消できる筈だ。このシステムが存在することによって欧米の三権分立の本当の姿に近づくことになる。

 また、この事件、発生してから発表まで何故、二週間もかかったのだろうか。 当初キャリアの犯罪だから隠密に済ませようと警察庁の監督下にある県警は遠慮していたのではないか。官と民、内と外がお互いに監視、警告、助言する権力監視システムが出来ない限り、キャリア官僚の特権意識のひずみをただすは不可能である。
(JCNCC 2009/1/14)


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米国が陥った最大の経済危機
さよならブッシュ大統領


 最近の世論調査で麻生内閣の人気がますます落ちている。 今月はじめの読売新聞の調査では、麻生内閣の支持率は20.9%(前月比20ポイント減)に低下した。不支持率は66.9%(同25ポイント増)になり、不支持率が支持率を超えた。 一方、米国のブッシュ大統領の人気も、レイムダックになった今、16%まで急落した。 後一月あまりで、オバマ新大統領に代わることになって、国民の期待はオバマ氏(86%) に移った。 米国民のオバマ氏への期待が大きすぎて、ブッシュ大統領の人気を押しつぶした格好だ。
日本の場合はどうか、残念ながら麻生氏のつぎに期待できる政治家が今の与党にはいない。 唯一考えられるのは、野党民主党の小沢氏だが、小沢さんの人気(36%)もオバマ氏に 到底及ばない。

 期待できる大統領がいる国と期待できる首相がいない国、「あわれ」と 言ってしまいそうなところだが、実際にはご両人の差はそんなに大きくない。 両者の差がこれほど開くのは、お国柄にあるようだ。 小沢さんへの期待が低いのは、彼はすでに国政の中枢にいた人で、彼の今までの言行 をつぶさに国民は知っている。 オバマさんの場合は米国民はほとんど未知に近い。オプチミスト(楽観主義) の傾向が強い米国民は、彼の雄弁さに 相当高い期待点をつける、ペスチミスト(悲観主義)の多い日本の場合は、実際 より低い点をつける。

オバマさんを仮に日本に連れてきて支持率をとったとしたら、多分40〜50%止まりだろう。 達弁だが政治的手腕がわからないという理由でペスチミストの多い日本ではどうしても 支持率は低い。わが国では、初対面での多弁や口達者の人は評価が下がる。 逆に小沢さんを米国民が評価したとしたら同じく40〜50%位になるだろう。彼の場合は、 過去の実績に相当の期待がもてるが雄弁さが不足している。
これは国民性の違いである。 どちらも民主党で、弱者救済政策、社会保障の国民主体の政策ではよく類似している。

 あとわずかな任期となったブッシュさんと麻生さんを比較してみると、どちらも親の七光りを 携えて現れた2世である。 麻生さんは自民党、ブッシュさんは共和党、どちらも富裕層を優遇する政策をとる。

 そこで、ペスチミストの日本人がブッシュ大統領の8年間の足跡を評価してみる とどうなるだろうか。
ブッシュ大統領は発足前後から、灰色のうわさがたち込めていた。
2000年の大統領選挙はアメリカ史上最も接戦となった選挙で、 勝敗を決める終盤フロリダで、アメリカでは有名な「ディンプル疑惑」が浮上した。 ディンプルとは、エクボのこと。どういうことかというと、アメリカでは州ごとに投票様式 が異なり有権者が投票するとき、 投票用紙の候補者の名前をパンチャーという機械で穴を開けて投票するところがある。 このとき、パンチャーを最後まで押さないと穴が開かない、穴が開かずに用紙に凹みが出来るだけ、これをディンプルと呼んだ。 この解釈をどうするかで問題になった。 この時点で、民主党候補アルバート・ゴアは、一般投票でブッシュ票を上回っていた。

 そこで、ブッシュ陣営は、投票用紙の数え直しを要求して、選挙人投票でディンプルを無効と訴え、これが認められ、選挙人票を5票多く獲得した。 これにゴア陣営は反発し、ブッシュ陣営が実弟ジェフ・ブッシュ(フロリダ)知事を通じて 投票用紙の差し替えなど、不正選挙を行ったと主張したが、実弟が知事を務めるフロリダ州の州裁判所でこの訴えは却下された。 こうして、ブッシュ2世大統領が灰色の霧の中で誕生した。 このディンプル騒ぎは、一部国民が納得しないまま、やがて世論は沈静化した。 日頃、あれほど「アンフェア」と念仏のように不正を非難し、騒ぐ国民がその後黙ってしまったのには部外者には驚きとしか言いようがない。

 ブッシュ大統領がスタートして、任期9か月目の9月11日、ニューヨークとワシントンD.C.で同時多発テロが発生した。 この同時多発テロ後、アフガンに侵攻して、ターリバーン政権を倒し、 アル・カイーダを壊滅してオサマ・ビン・ラディンを逮捕することを目論んだが、いまだに逮捕できない。

 テキサス出身のブシュ大統領は、石油企業と密接な関係がある。 大統領になる前は、石油メジャー企業の会社の社長や最高責任者をやっていた。 大統領になるときも、石油メジャーから巨額な選挙資金が流れ込んでいた。 今まで何度もイラクの石油権益に石油メジャーが触手を伸ばそうとしていた。 その突き上げもあって、 「同時多発テロの実行犯とイラクの諜報部員が接触していた」と根拠もない 主張を掲げ、「イラクが大量破壊兵器を保有、あるいは製造している」と中途半端な 調査結果を前面に出して、2003年3月にブッシュは国連安全保障理事会による決議を待たずに、イラク侵攻を開始した。

 その目的は、サダム・フセインの手から石油権益を奪い取ることだったと見られる。 大量破壊兵器はその後発見されずイラク戦争の正当性が根底から揺らぐことになる。 可哀そうなのは、この戦争でなくなった5000人近くのアメリカ兵、イギリス、イタリア、ポーランド兵、とイラク国民と治安部隊含めて3万人以上が今までに亡くなっている。 アメリカでは、毎日、イラクでなくなった兵士の顔写真が、 TVのニュース番組のあと5分間、無言で流れる。それを眺めているとゴア大統領だったら、この人たちは生きていたのに、とつらい思いが 胸にこみ上げてくる。(この戦争については、後世の歴史家が公平な裁断をくだすだろうことを祈りたい。)

 ブッシュ大統領8年間の在任中は、石油原油価格はうなぎ登りに跳ね上がり遂に、1バーレルあたり147ドルをつけて、そのあと40ドルまで急落する。 この間、石油元売企業の懐は潤った。 ブッシュは、当然のこと、石油メジャーのエールを背に受けながら石油高騰を楽しんでいたように見える。だが、消費者の懐は、日に日に楽ではなくなっていった。大型車と燃費の悪い車は買わなくなった。

 その結果、ジェネラルモータースに代表される米国の主要自動車産業は壊滅的な被害を受け 倒産寸前まで追い込まれた。今、米国の経済状態は、20世紀初期の大恐慌以来の窮地に はまり込んでしまっている。カンフル注射でもうたないと助からないご臨終である。

 また、テロや戦争など有事には豪腕を奮っていたブッシュ政権が国内の危機管理で 天災への対応には全く無防備、無策だった。 2005年8月29日、ハリケーン・カトリーナによって過去最大級の犠牲者を出した災害 では、被害に遭った貧困層の救援は後回しになった。避難民が集まるところに水もなければ、トイレも用意していなかった。 衛生状態が悪い中、避難所でばたばた脱水状態になって死んでいった避難民の 遺体はそのまま廊下や道路に放置されていた。 これを見た英国のマスコミは、絶句しアフリカの避難民収容所より劣悪だと批評した。

 ブッシュが出たテキサス州は、アメリカ南部の保守的な住民が多く、人種差別は今でも延々と続いている。今回、黒人のオバマ氏が大統領戦で熱狂的に黒人層、エスニック層から支持を受けたのもブッシュのイラク戦、ハリケーン・カトリーナ対応の失政、米社会に潜在している差別への反動だと考えられる。

 あと一月でブッシュ政権2期8年間の終焉を迎える。現在の彼の支持率の低さはここで述べたさまざまな失政を肌で感じた米国民の正直な評価であろう。親の善政で形成された国民の幻想の中に生まれた2世政治家への期待、2世の実像を知らなかった国民の誤解に原因があったことは誰も否定しない。米国民のフォルト(失敗)であったという論評もある。 2世の議員、首相を選ぶときは、親の功績とは切り離して本人の能力、手腕をもっと真剣に吟味して選ばなくはならないことは言うまでもない。 国民がその努力を怠ると自分自身にとんでもない災難が襲ってくることをこのアメリカの例が我々に教えてくれた。
(JCNCC 2008/12/8)


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コラム

生活保護費の行き先
絶対に買収されなかったエリオット・ネス


 この度、埼玉県県警の調べで過去7年間で暴力団組員約70人が生活保護費を不正受給していたことがわかった。
今年はじめ、北海道滝川市で、元暴力団組員の夫婦が「通院に使った」と約2億4000万円の介護タクシー代金を市から不正に受け取っていたこともわかった。
生活保護費の原資は国民の税金だ。 日頃、我々は、彼等の暴力行為や違法行為によって平穏な生活と安全を脅かされ、ときには権利まで侵害されている善良な人々が納めた税金で、違法行為を繰り返している彼等の生活を保護しなくてはならないのだろうか。

 多分、各都道府県の福祉(生活保護)窓口では、保護費の支払いを断っていたはずである。 だが、北海道滝川市のように違法とわかっていても、長年にわたって支給続けて、 その額が約2億4000万円もなっていた。 何故こんなことが起きるのか、不可解な不祥事だ。理由は、窓口の担当者が、暴力団員が怖くて断りきれないために不本意にも彼らの言うとおりに、大事な国民の金を払い続けたと説明された。 だが、福祉窓口の担当者が、怖くて断りきれないならば、警察や司直の手を借りることだって出来たはずだ。

 この滝川市に限らず、今回の調査で明らかになったことは、 全国でこのような不正な支払いが長期間にわたって続いているらしい。滝川市の件は、まだ氷山の一角にすぎない。 長い期間、このような不正が監督官庁や警察、検察の捜索受けずに延々と続いていた理由 が、単に暴力団が怖いからということだけでは、到底納得できない。何か他にもある筈だ。

 それは、この種の不正支給が行われた見返りに暴力団から何かお返し(キックバック) があったのではないかとの疑問だ。 個々の場合で違うだろうが、それが高価な贈り物だったり、生活上で便宜をはかってもらったり、高級クラブの 会員権や、女性を紹介してもらったり、公開前の株式をもらったりしていたかもしれない。 暴力団との腐れ縁は、役所の窓口の担当者から、係長、課長、あるときは局長、首長までも汚染されていた場合が、今までいくつか発覚している。 関西のある県の首長は、指定暴力団の襲名披露に出席して一緒に酒を酌み交わしていたところを 市民がカメラに収めていた。 そんなことでもない限り、億単位の金がやすやすと長期にわたって監督官庁の監査の目を逃れえたとは考えにくい。

 何故、地方の福祉窓口の担当者は違法な脅しや暴力行為にあったならば刑事告訴しなかったのか。 勿論、刑事告訴したところもあっただろう。だが、警察、検察、司法は何の行動もとらなかった。 あるいは、とるふりをして、「・・・の事実もあったが違法とはいえない」と官僚的な対応をしただけで、効果的な防止策を講じなかったのかもしれない。 日本社会の不可解な点は、当然正しい捜査、裁断をくだすべき役職の人たちが、 その通りに機能していないところだ。その奥には、黒い霧のかかった深いどす黒い陰湿な世界が存在する。
神戸で2002年に大学院生が暴力団組長らに殺害された事件では、近くの交番に2人の警官が 居ながら見てみない振りをしていた。(公式には、仮眠中だったと発表されている。)

 都道府県の警察署や検察がなぜ機能しないのか。 警察・検察の暴力団担当者と、暴力団との癒着は捜査戦術を超えてかなりエスカレートしている。 高級時計をもらったり飲食や女性の接待を受けるなど、数々の供応を受けたりしている 事実も時々明るみに出る。 この癒着構造は一部の人には既知の事実だがマスコミは絶対に口外しない。

 最近の例では、 さいたま地検熊谷支部の検事が、取り調べ中の暴力団組長に便宜をはかったという疑惑が持ち上がった。 それに対して、検察当局は「組長からの持ちかけはあったようだ」としたものの「検事は応じておらず、組長が取調室の電話を使った事実もあったが違法とはいえない」などとして否定した。これは癒着を否定したわけでなく、電話の 使用に対して違法行為でないと言っているだけにすぎない。

 また、大阪地検の裏金問題が、内部告発された事件では、 それが引き金になって、地検内で長い間、容認していた 担当検事と暴力団との腐れ縁を大阪地検が仕返しに告発したこともある。(*1)
癒着で逮捕された検事の言い分によると、元暴力団組員から飲食や女性の接待を受けたなどは、大阪地検の裏金問題を内部告発したために仕返し、口封じのために立件逮捕したということだ。 この件は、元大阪高検三井検事が「暴力団組員から飲食や女性の接待を受けた」などとして、最高裁で懲役1年8カ月の実刑が確定している。 これも裏金問題を内部告発していなければ暴力団組員と地検の関係は、闇に包まれたままであったろう。

 3年前、米国務省の年次報告で日本の人身売買が他のアジアの諸国と同じレベルの最重要監視対象となった。 そのとき、日本国内外で行われている人身売買を、知っていた日本人はどれ位いただろうか。 これも、東南アジアで活動している日本の暴力団が関与していたのだが、日本の外務省、警察、マスコミは見てみない振りをして、長い間ひたすら隠し続けてきた。不思議にも、やくざ組織の資金源にメスを入れようとしなかった。日本の人身売買を米国の国務省に指摘されて、初めて知った人も多い。(日本の人身売買)

 年配の方は、覚えているかもしれないが昔のTVドラマで「アンタッチャブル」というシリーズ番組があった。 20世紀初頭、禁酒法が施行されていた時代の米国シカゴを中心に横行したマフィアと戦う本当に実在した、1930年代の財務省酒類取締局(捜査局は後に1937年にFBI(*2)、 連邦捜査局になる)の一捜査官エリオット・ネスの物語だが、この「アンタッチャブル」とは「絶対に買収されない」という意味である。 正義感に燃えたエリオット・ネスの率いた11人のチームが、何度も生命の危険を冒しながらも、マフィアに立ち向かい、悪戦苦闘をくりかえしながら、カポネ一味の男たちを次々と逮捕していった。 マフィア組織を追いこみ、遂に壊滅させる実話にもとづいたものだった。

 今の日本にも、エリオット・ネスみたいな正義感に燃えた潔癖な捜査官や検事が登場して ほしいところだが、残念ながら 現在の日本の司法組織では、エリオット・ネス捜査官みたいな人物がいたとしても、 自由に行動することは出来ない。 現在の警察検察機構は、都道府県単位しか活動が出来ず、アメリカのFBIのような全国にまたがる組織ではない。広域暴力団の摘発はこんな都道府県単位の組織では出来ないことは誰もわかっている。 この機構を、近代的なものにしないと暴力団の不正受給や癒着の問題は解決できない。

 今でも広域犯罪は、米国FBIの組織に近い警察庁でもできると思っている人も多い。 だが、警察庁は、都道府県警察(警視庁含む)を指揮監督する程度で執行機関ではない、警察庁の警察官が令状を執行する事は出来ない。令状の執行はもっぱら都道府県警・検察の手で行う。もし、その手が汚れていたら、執行されないことは明らかである。

 FBIの仕事の内容は地方の警察、検察組織の腐敗まで広範囲に、独立して 捜査する。この機構がわが国にはない、警察庁にもこの機能はない。警察庁と都道府県警察が 現在のように人脈でつながっていては、地方組織の腐敗捜査など不可能である。

 わが国が、このどす黒い患部をぬぐい去るには、独立した捜査機関、米国の「FBI」みたいな検察警察の内部の犯罪まで捜査できる機関がどうしても必要だろう。腐敗しきって崩壊する前に、遅れている日本の司法組織の近代化を進めるために新しい組織を創設することが急務である。 政権交代が、もし、次期の選挙で実現したら民主党の小沢党首にこのことも期待したい。
(JCNCC 2008/11/6)



(注*1)大阪地検の裏金問題
 元暴力団組員から飲食や女性の接待を受けたなどとして、収賄や公務員職権乱用などの罪に問われた元大阪高検公安部長・三井環(たまき)検事は、最高裁で懲役1年8カ月、追徴金約22万円の実刑が最近確定した。 三井氏の話によると元暴力団組員から飲食や女性の接待を受けたなどは、立件するほどのものではないが、三井氏が大阪地検の裏金問題を内部告発したために仕返し、口封じのために立件逮捕したのだということだ。

(注*2)FBI(連邦捜査局)
 ワシントンD.C.のペンシルバニア通りにあるFBI、アメリカ合衆国の連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation)は司法省下の組織で、州を越える、または複数の州に渡る犯罪や、テロ・誘拐・スパイなど国家に対する重犯罪、連邦職員の犯罪の捜査を担当する機関。現在日本にはこれに相当する機関は存在しない。 諜報分析官、言語専門家、科学者、情報技官などといった専門職員で構成されている。  逮捕権のみで起訴権はない。


【フィードバック1】
昨年7月、こんな事件がありました。 北九州市の独り暮らしの生活保護を打ち切られた 男性(52才)が、死後約1カ月とみられるミイラ化した状態で見つかった。残された日記には「おにぎり食べたい」と切なる願いが書き込まれてあった。 この事件と上の記事の生活保護費を不正受給していた事件と同じ日本の中で 同じ憲法の下で起きている事象を、どう整合するのでしょうか。
事件ー肝臓病のために通院していた男性は、「病気で働けない」として前年12月、福祉事務所に生活保護を申請し、「働けるが、手持ち金がなく、生活も窮迫している」と判断され、同月から生活保護を受けていた。  その後、今年の春頃、事務所は病気の調査をしたうえで男性と面談し、「そろそろ働いてはどうか」などと、半ば強制的に生活保護の辞退届を提出させた。  これに対して男性は「では、働きます」と応じたが、この対応について日記に「働けないのに働けと言われた」などと記していた。  男性は、4月以降、生活保護が打ち切られた。 (神奈川 29歳)




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コラム

ロシア人力士とモンペ
過剰な責任感と腹切文化


 モンペが猛威をふるっている。モンペといっても太平洋戦争中に、国に半ば強制された戦時体制下の女性国民服パンタロンのことではない。 ここで取り上げたモンペは、和製英語「モンスターペアレント」の省略読みである。

 「モンスターペアレント」?それは教師に 理不尽な要求をしてくるペアレント、すなわちモンスター(怪獣)に変身した父兄のこと。 さきごろ、都教育委員会が都内すべての公立小中学校、高校にアンケートをして、その被害を発表した。その内容から、理不尽な要求をつきつけて教員や学校に圧力をかけるという 自己中心的で、相手を自殺に追い込むようなすざましいモンぺの傍若無人の暴れぶりがわかった。

 同じ頃、ロシア人力士、露鵬と白露山も、相撲協会の 解雇を不服として提訴の意向を示したことについて、鈴木文科相は 「相撲道に加わっていたものなら、恥を知れ」と記者会見でロシア人力士を非難した。 これが学校行政に携わる長から出てきたのには驚きを隠しえない。

 日本に住む人ならこの二つは、全く関係がないと見るだろうが、しかし、日本のそとで見ている人には、 文科相の発言も、モンペの心理と同じなのである。 もう少し、わかりやすく言うと相手の非につけこんで、必要以上に過大な責任を強いる、 これがモンスターの正体なのだ。そのときに必ず使うのが「恥を知れ」という常套句だ。 学校の父兄に限らず、職場でも、一般の社会生活の中でもモンスターは存在する。 大阪で一時問題になったえせ同和部落民の恐喝事件も全く同じ心理状態からモンスター化してしまった例で、日本文化の真髄でもある「恥」の意識をモンスターは 必要以上に相手に強要する。

 このモンスターが出現するのも前回のこのコラムでも取り上げた、日本古来の文化や伝統にその源がある。 それは、平安時代末期ごろから戦国時代にかけてはじまった腹切の伝統で、 戦国武士は敵に敗れ捕縛されて、斬首されることを不名誉ときらって腹切自決した。

 その時代の切腹は責任問題とは全く関係のないものであった。 ところが、秀吉の時代から腹切りは、強制的に上のものが下のものに刑罰として責任を取らせる手段、 いわゆる「詰腹」に性格を変え、徳川時代末期まで続いてきた。 徳川家康は抜駆け行為に対し、一族郎党全員を切腹させたという。これは典型的な、死刑罰として 切腹を強要した。

 明治以降、切腹は禁止されてきたが、太平洋戦争中でも上官が部下に責任を取らせる手段として実際に詰め腹を切らせた話がいくつか記録に残っている。

 刑罰としての切腹、詰腹は民主国家には相容れない思想である。 というのは、罪に対して罰を一方的に言い渡され、結果的には死刑にされるのと同じである。 民主国家では、罪に対して裁判を経ずに刑を言い渡されることはありえない。 ところが民主国家であるはずの日本でも、 必要以上に責任を課せられて詰め腹を切らされることが往々にして起こる。

 さらに、切腹が非民主的であるところは、仮に罰を与える側に理不尽や間違いがあったとしても 切腹は本人が自発的に命を絶ったと見て、殺人罪に問われることはない。 武士道における切腹は非常に美化されているが実際には、詰め腹という非常に 非民主的な文化を現代に残した。

 父兄のモンスターのみならず、わが国にはあらゆるところにモンスターは棲息する。 限度を超えて相手の非を責めて詰め腹を切らす 伝統文化の中で生きてきた日本人の間に定着した因習が モンスターを生み出す土壌になっている。 責任を追及された側は、必要以上に責任を感じ、恥じ入り、その圧力に屈してしまう。 日本人ほど、自分の非に責任を感じる国民はこの地球上どこにもいない。 この武士道の腹切の精神がモンスターの格好の餌食になる。

 何があったもすぐ謝ってしまう国民性は、この伝統文化から生まれた。 先ごろ政府広報を見ていたら、「何があってもまずはすみませんと謝ろう」というキャンペーンがあったが それがモンスターを生み出す原因になっていることが分っていないのだろうか。 勿論、謝ることで社会がスムーズに動くことは否めない。だが、自分が悪くないときは謝る必要はない。謝ることが如何に公序良俗に則しているといえども、自分をいつわってまで謝る必要はない。一度謝ってしまうとモンスターは、さらにエスカレートして執拗に攻撃してくる。

 自分に非があったとしても、自分の非にどれだけの責任を取ればいいか第三者に確認してから謝っても遅くない。 すぐに謝ってしまうからモンスターにつけ込まれる。 謝ればすむモンスターばかりではない。謝ったばかりに事態が悪い方向に進展することだって往々にしてあることも 頭に入れておくべきだろう。

 とういうことで、ロシア人力士、露鵬と白露山が、解雇を不服として提訴した理由も分った。 嫌疑は、大麻マリファナ疑惑であった。 マリファナ吸うことは、彼らの母国では違法ではない。20グラム以下の大麻所持は処罰されない。世界の国々では大麻の有害・無害については、様々な考えがあって、 大麻の有害性が酒やタバコより低いと主張する人々もいる。 大麻マリファナを、他の麻薬と区別して容認している国も多い。先進8カ国の中で容認していない国は日本だけで、 大麻の所持や栽培は先進8カ国の中で唯一、少量所持であっても最低刑を懲役刑と定めている。

 そんな背景を考慮すると、彼らも、日本においては非合法であることは知っていたが、マリファナを吸っただけで解雇になるような 重罪になるかどうか知らなかったのかもしれない。もっと軽い謹慎、休場などで済まないのか裁判で見極めたいのだ。 彼らにとってはこの相撲協会の処罰は、詰腹に思えたのだろう。 と同時に、鈴木文科相は、モンスターに見えたに違いない。
(JCNCC 2008/10/1)



【フィードバック1ーロシア人モンスター】
きっと、鈴木文科相からみるとロシア人力士がモンスターに見えたのでしょう。 (秋田 教員 37歳)





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コラム

わが国のこの美しい儒教思想と落とし穴
仁も義も知らない若者



 9月15日は敬老の日、昔から敬老の日は毎年9月15日と決まっていたが、2001年に祝日法が改正されて、10月の 第3月曜日が「敬老の日」となる。それ故に、来年は6日遅れて9月21日が「敬老の日」となるようだ。 飛び石で休日があるより日曜日とつけてゆっくり長い休日が楽しめるように、欧米に習って日本も 2001年からロング・ウィークエンドが楽しめるようになった。 戦後、日本人の平均寿命が、男性で80歳、女性で87歳、世界で最も長寿命な国となった。 戦前までは、人生50年とされてきたのに比べると、30年も人生が延びたことになる。 伸びた人生をそのまま楽しむことができれば、こんな幸せなことはない。 だが、寿命が延びたからといっても、身体の老化は今までどおりに着実にやってくる。

 戦後、この老人を敬う特別な日を「年寄りの日」と呼んでいた。それが「老人の日」になり「敬老の日」となった。 なぜこんなに呼称が転々と変わるのかよくわからないが、多分、最近年々寿命が伸びている年寄りから の要望だろう。「としより」とか「老人」とか従来の老人の概念で自分たちを呼ばれるのを嫌ったためだそうだ。 欧米の国には、「老人の日」はない、ということは「敬老」という観念がないのだ。

 老人を敬うという考え方は、東洋の独特の儒教思想からきたもので、現在は、日本、韓国だけに残っている 老人弱者への思いやりの思想である。キリスト教にも、「慈悲」とこれに近いものはあるが、敬う心とはちがう。 長老の長い間蓄積された知恵を借りたり、 自分で判断がつかないときは、長老のところへ出かけて いって相談する。長老からノウハウを教えてもらってその知恵を受け継ぐ、そしてその恩に忘れずに 礼を尽くす。 これがわが国の伝統的な美しい習慣であった。

 戦前は、長老を中心にした大家族ができ、長老がそれを統率した。 この習慣が、社会全体をスムーズに動かし金銭にはかえられない膨大な知識財産を受け継いできた。 勿論、儒教思想とは異なっても、これと同じことをやっているところもある。 たとえば、イタリアの南部、シシリー島では、この大家族主義から巨大な長老政治組織がうまれた。 東欧の国々や開発途上国にも同じような例はある。しかし、西欧の大家族主義の根底にあるものは、歴史的な 貧困であり、飢餓、飢きんなど経済的な理由であった。 儒教思想とは、根元からことなっている。

 人間社会に何の制約も掟もなければ、自然界と同じ弱肉強食の社会になる。 腕力がものを言い、知恵があるものが生き延びる。 人間は、歳をとると腕力も知恵も、両方が衰えてくる。自然の法則に従えば老人は、ゆくゆくは 若者の餌食になってしまう。 これを儒教はいましめたのである。若者は、老人を敬い、思いやらなくてないけない。 この思想が、今まで社会全体の秩序を保ってきた。

 明治以降、教育勅語などに儒教の忠孝思想が取り入れられ、 かって儒教は武士や一部の農民・市民など限られた社会の規範 であったが、近代天皇制のもとでは国民全体に忠孝思想が教導された。

 その環境下で育った老人は、社会全体が儒教思想の規範で動いていると思いこんでいる。 それ故に、戦後の仁も義も知らない若者に簡単に落とし穴に突き落とされてしまう。 昨今、おれおれ詐欺や振り込め詐欺師は、この古き良き忠孝思想の教育を受けた 老人たちを相手に悪事を働く卑劣な行為で、老人の余生の生活費すら根こそぎ奪ってしまう。 年々この被害が増加しているのは悲しむべきことだ。

これは、高徳な儒教思想を逆に悪用した犯罪で、普通の詐欺犯より悪質である。 この犯罪が成功するのは、かって日本の統治下で忠孝教育を受けた韓国、台湾、日本以外にはない。

 そこで、この卑劣で無慈悲な犯罪を防ぐ方法はないだろうか。 それは、戦前のように学校で儒教思想を国民全体に植えつけることだが、 実際には現在、それは不可能だろう。 とならば、被害者とならないように忠孝思想を捨てるしかない。 即ち、仕掛けてくる相手と同等にこっちも仁義を捨てるのが最善の策だ。 たとえば、息子から電話がかかってきたら「親が子の責任をとる義務はない。責任は自分でとれ」 といってやれば被害にあわないですむ。いくら泣き落としされようが、途方に暮れた様子を見せようが 家長として全く無関心を示せばよい。
とはいっても、義理人情の世界で半生を暮らしてきた老人は、 そう簡単に心の切り替えができないことをオレおれ詐欺師たちは十分に知っている。 これが被害が一向に減らない理由だ。 忠孝思想に染まっていない欧米の親は、本当の息子から電話がかかってきても、これと同じ返事をする。だから、振り込め詐欺が入り込む余地がない。

 いま、警察当局は振り込め詐欺の被害を減らすため、詐欺師が使う7つ道具、携帯電話、運転免許証、預金通帳、ATM を監視管理するシステムを強化することにした。 この効果はある程度出ると思うが、問題は金銭の出し入れに使うATMは全国どこからでもアクセスできる。ATMの段階で金銭の振込み、引出しを抑えるのは、かなり難しい。 そこで、この卑劣な犯罪に限り、日本も西欧なみにおとり捜査を導入したらどうだろうか。 たとえば、捜査官が70歳、80歳の老人に成りすまして、それぞれの偽の家族構成の情報を巷に流す。 もちろん、一件、二件ではだめで、1,2万件、あるいは10,20万の偽老人情報を作り 偽家族情報を流す。そして詐欺犯が引っかかってきたら、最後までおとりで潜行して詐欺犯グループを 一網打尽に全員検挙する。

 おとり捜査は、日本では認められていないが、麻薬や捜査の難しい社会的な犯罪にはこの手法を もっと使ってもいいのではないか。おとり捜査を反対している国民も少しずつ理解していくはずだ。 欧米のおとり捜査の変り種は、逃亡中の容疑者(複数)にマドンナやマイケルジャクソンのコンサートの入場券を送って、コンサートに現れたところを全員逮捕したりする。勿論、コンサートは偽物で、客は全部捜査員だった。このやり方に国民から苦情は出ていない。
(JCNCC 2008/9/10)



【フィードバック1ー】
社会的な犯罪や捜査が非常に難しい犯罪は、早期に食い止める目的からおとり捜査は 賛成ですが、これをいったん認めてしまうと捜査が簡単容易になることからなしくずし的に他の犯罪捜査 にも広がる心配があります。 その歯止めがしっかり確立している制度のもとでなければ、導入するべきではありません。 海外で、おとり捜査が認められている国、米国では民間の監視制度、検察の権限監視制度 などが確立されていますから問題ありません。たとえば、ニューヨーク市には苦情調査委員会がありますが、 わが国にはここまで権限のある監視制度はありません。 わが国の苦情調査委員会にあたるものに、検察審査会というものがありますが、この委員会は 何の権限も与えられていません。警察、検察の権力乱用に歯止めがかかるシステムができた後に おとり捜査を導入するなら賛成です。(東京 自営業 55歳)








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コラム

今まで議論されなかった重要な核心
御巣鷹山 日航機墜落事故



 日航ジャンボ機が群馬県の山中、御巣鷹山に墜落してから、はや23年になる。 この事件で、お亡くなりになった500人を超す方々、この方々が今生きていれば、多分、社会の中枢で ご活躍なさっているだろうことを考えると、なんとも無念な気持ちがこみ上げてきて、 なくなった方々のご遺族のお気持ちを察するにあまりある。

 航空機の事故は、世界各地で起きているが、これほど不可解で巷で23年たった今でも 騒がれている事件も珍しい。 この23年間、国の事故調査委員会が調査、公表した事故報告書に虚偽が見つかり、 一部、捏造や生存者の証言と食い違いが出たりして、ますます疑惑が疑惑を生む負の連鎖反応に発展した。 週刊誌はもとより、日航ジャンボ機墜落事故に関して多数の暴露本やいんちき本が出回り、パソコンのネット上では 事故調査委員会が発表した限られた事実証拠をもとに事件を歪曲させて不毛の議論が今でも延々と続いている。

 自衛隊が発進した無人標的機との接触説やミサイル撃墜説など、信憑性が疑われる珍説が次々に飛び出してきた。 その原因は、事故調査委員会の貧弱な事故分析予算 と55年体制の運輸閣僚の下で公表された実情、 それ故、事故原因解明よりも政治的な配慮が先行し、報告書では都合の悪いところは伏せられていた。  これらの政治的な配慮や事故分析能力の不足が 生み出した情報環境の中で、憶測が憶測を生む議論に発展するのは、当たり前のことである。

 そんな中で、多くの報道、出版物、ネット上の議論でまったくとりあげらていない重要な側面がある。 それは、情報が限られたわが国にその火種となる情報が入ってこなかったためであろう。 海外でこの事件を知った者は、すぐに気がついた筈だ。 海外ではこれに似た事故がそれまでに何件か起こっていたし、航空関係者以外の一般人もその結末を 知っていた。だが、日本に住む人々は知らなかった。

 海外の事故は、海外に情報網もを持たないわが国のマスコミは、その多くは海外通信社の外電に頼っている。 海外に特派員を置いているメディアもあるが自前特派員の取材能力は限られていて、 多くのニュースは海外メディアが取材した ニュースの二番煎じのことが多い。それ故に、日本と直接関係のない事故のニュースは入ってこない。

では、その議論されていない側面とは何か。
海外では旅客機が飛行中にハイドロ(油圧系)故障で操縦不能になった事故がそれまでに 何件か報告されていた。その多くは、トルコ航空の件以外では、乗客は生還している。
その事故で墜落事故まで発展していれば、当然日本にも伝わっていたであろう。 だが、いずれの場合も大惨事には至らず、冗長系の駆動装置に切り替えて機体をコントロールして 惨事を逃れていた。  (トルコ航空のときは、離陸して上昇中に起こった事故で機体を立て直すことができなかったため 惨事になった。これだけが日本でも大きく報道されていた。)

 日航ジャンボ機の場合、群馬県の御巣鷹山に墜落するまで、 機はダッチロールを30分間、何回も繰り返していた。 当初、この事故をTVで見たとき、 欧米の旅客機が飛行中にハイドロ(油圧装置)故障で操縦不能になった事例を知っていれば、 油圧系のトラブルだと直感する。 その後のニュースを追っかけていくと、やはり垂直尾翼の破損欠落によってハイドロ系の油パイプが 破断して油圧がゼロにさがり、操縦不能になって起こったことがわかった。

 海外の例では油圧系が故障したとき、冗長系の駆動装置に切り替えて巧みに惨事を 逃れていたのに、 なぜ、日航ジャンボ機は墜落してしまったのか。 航空機の場合、ひとつの装置が壊れたり使えなくなったときは、その機能をバックアップする冗長系システムが 必ず備わっている。最近の大型旅客機の場合、このバックアップのシステムが、2重、3重に備わっていて 最悪の場合でも機体を制御することができるようになっている。大型機のパイロットは、当然、そのバックアップ 機能を使いこなせる訓練受け、経験をつんでいなくてはならない。 そこで、次の点に注目した。

@ 機体に損傷を受けて垂直尾翼の一部とラダー(方向舵)がなくなっている。 だが、方向舵がなくても、4台のエンジンは健在であったからエンジンの出力を変えることによって方向変更を欠落したラダーの代替として使えなかったか。

A 冗長系の駆動装置に切り替えた後のダッチロールは 垂直尾翼とラダーの欠落に直接影響を受けたものだろうか。

B パイロットは冗長系、フラップなどの駆動装置の遅延動作特性を十二分に把握していたのだろうか。

以上の疑問をかかえて、事故調査委員会を調査待つことにした。

事故発生から2年後の6月に調査報告書が(故)橋本運輸大臣のもとに提出された。 それによると、
 「異常事態発生後の全飛行時間にわたって、ダッチロール(*1)運動とともにフゴイド(*2)運動が励起されていた。(略)。昇降舵に代わる縦の制御要素としてエンジン出力による制御及び代替系統によるフラップ(*3)操作がある。フゴイド周期が長いとはいっても、代替系統によるフラップの駆動速度は極端に遅く、その効果はない」

 ここで、代替系統といっているのは、冗長系の駆動装置のことを言っているのだと思うが、海外の事例では 油圧系が使えなくなった後、この手動のフラップ操作とエンジンのスラストを組み合わせて機体を 制御して無事生還しているのに、その効果はないと断言できるだろうか。

 そこで、事故発生時から、墜落するまでの飛行経路、高度をたどってみた。 事故がおきた直後、午後6時24分(18:24)から約10分間は高度も速度も事故前と変えず巡航高度、速度で飛行している。 駿河湾を越えて焼津を過ぎて、機首を東に向け始めるたころから急に、高度の上下変動は激しくなっている。 多分これは、機長と航空管制との連絡が取れて、羽田にあるいは横田基地に引き返すため東に 操舵したものと考えられる。

 あとから考えると、この操作が命取りになった。そのまま西に向かって、浜松の自衛隊基地か大阪に向かって いたら、違った結末になっていたであろう。あるいは、遠州灘の海岸に不時着することも考えられた。 というのは、ラダー(方向舵)がなくなっていたからである。

 ここからは、事故調の報告書に基づいて独自の推論をすすめる。
爆発事故がおきたのち4,5分は、デコンプレッション(機内減圧)以外はほぼ何とか 機体は正常近い状態で動作してるように見えた。これがパイロットに錯覚を起こさせる誘因となった。 機は一路西に向かっていた。高度2万4000フィート、速度300ノット。 機長は航空管制との連絡を取ったのち、 羽田にあるいは横田基地に引き返えせると思った。 このとき、コックピット内では機体がまったく制御不能になっている事故の重大さを認識していなかった。

 東京に引き返すために 機首を東に向けようとしたが方向舵が機能しないことに気がつく。ラダー(方向舵)がなくなっていたからである。 冗長系にきりかえたてフラップ操作とエンジンのスラスト(推進力)を 使って何とか東に機首を向けようとしたが、なれないこの緊急操作で機体が不安定になりダッチロールを繰り返しはじめ、上下のフゴイド運動が激しくなる。このときから安定した姿勢バランス状態にあった条件がひとつずつ崩れだした。 大型航空機の恐ろしさはこの点にある。機器が正常のときは、種々のダンパーが自動的に 働いて姿勢制御バランス がとれているが、そのひとつでも故障すると連鎖反応的に姿勢バランスが壊れていく。

 この後、パイロットは試行錯誤を繰り返す。だが、状態はだんだん悪い方向に進展していた。 焼津で高度2万5千フィートあったものが横田基地の西では9、000フィート(18:48)まで降下する。 この間の飛行経路を見ると大月(山梨県)あたりでは機首が360度方向転換している。 その5分後には、1万3000フィートまでまた高度を上げる。 この期間のボイスレコーダーの記録によるとコックピットの中は明らかにパニック状態に近い。 その理由は、この機長が油圧系が完全に使えなくなった緊急事態のときの訓練をしていなかったのか、 経験がなかったためだと思える。
 機首が360度回転したり、上下のピッチ運動を繰り返すのは、方向舵の欠落の影響も考えられるが、 代替系統による制御系の駆動速度はタイムラグがあって応答が 極端に遅いため、油圧系から切り替えた当初、制御信号が端末に届いていないかのような錯覚を起こし 何度も操作を繰り返すエラーを起こす。慣れないとこの過剰操作が 必要以上に機体を動かしオーバーシュート、アンダーシュートを繰り返すことになる。
 もうひとつパニックと疑う理由は、生存者の話からこの事故が発生してから30分間、乗客になんらの説明もしていなかったことだ。 海外の航空会社の機長は、たとえ忙しくとも2,3秒でもいい乗客に現状を説明する。 パニックになっていなければそれくらいの余裕があったはずだ。

 ボイスレコーダによる、墜落までの30分間のコックピット内の会話が報告書に添付されている。 駿河湾から焼津北部を通過するころから、「機首を下げろ」という機長の声が1分間隔で五回 録音されている。副操縦士はそのたびに「ハイ」と答えついには「いっぱいです。舵いっぱいです」 と答えている。 これは、前述した 「代替系統による制御系の駆動速度はタイムラグがあって応答が 極端に遅い、端末に制御信号が届いていないかのような錯覚を起こし 同じ操作を何度も繰り返す。結果、オーバーシュート、アンダーシュートを繰り返す」の通り。 機長はこの操作に経験がなかったのか浅かったと考えられる。

 緊急事態で、副操縦士に一時、スロットル操作を任せ、このフラップ操作を機長が直接やっていればいらいらすることもなかった。 なぜこの難しいマニュアル操作を副操縦士に操作させていたのだろうか。 エンジンは4基健在だ。あわてることはない、時間はある。もしこのようなクリティカルな状態の経験がないとしても 機長が直接自分で、マニュアルコントロールして機が応答する速度、その感触をマスターしていれば もっと多くの乗客は生還できただろう。 機体は案の定、この後、必要以上の制御量のためオーバーシュートし始める。

 この機長は指導教官までやったベテランだと知ったが、五百余人の命を救えなかったのは、 海外のパイロットと比べて技量格差が大きい。  ベテランのパイロットなら、油圧が下がったときはどうしなければならないか、エンジンは全部正常、 火災も起こしていない、だが機体の制御は難しいとわかれば、 燃料を海上で放出して機体を軽くして不時着時の火災を防ぐことを考えるだろう。 あるいは、燃料を使い尽くして海岸か平地、あるいは浅瀬に不時着を考えるであろう。 そうすれば、より多くの人が生還できたと思える。

 報告書の後半に、JAL-123の事故と同じような条件で、何人かのパイロットに無事帰還できるか シュミレーションした報告がある。それによると、この事故とほとんど同じ条件(報告書の条件E)で 生還できそうなパイロットはたった1人だった。 ということは、JAL123便の機長の技量が劣っていたわけではなく、日本のパイロット全般の 技量が北米のパイロットより低いと考えられる。 墜落10分前の機長のパニック状態が正常な判断を阻害し墜落を早めたという結論も 機長が、酸素マスクもせずに酸素不足なったのがいらいらをおこした原因と見るのが妥当だろう。 問題は、このハイドロ装置が完全に使えなくなるような 緊急事態の経験がなかったことがパニック状態を誘引し、酸素不足によって やがて精神不安定になることを知らなかったことだろう。

 この事故は、犠牲者の数から航空史上、大事故にランクされているが、事故の発端は機内圧と外圧の 差によって機体の一部が破裂破壊したのが原因である。(デコンプレッション事故) 他の同様な事故と違うのは、機体後部コーン部分と垂直尾翼方向舵の破損だけである。 (垂直尾翼は前方3分の1は残っていた) 方向舵の破損で機体がコントロールできなくなったのは確かだが、他の例では、 おなじ難関を、左右のエンジンのスラスター(推力)調整でカバーして無事帰還 に成功している。 一般に、エンジン爆発や機体火災、空中衝突などの事故に比べてデコンプレッション事故は 乗客の生還率は高い。 事故がおきてから30分も飛べたのであるからもう少し方法 があったのではなかっただろうか。最悪の結末に導いた要因は何か、後の祭りで済まさぬためにも 再考してみる価値はある。

 あれから二十余年、この拙稿はなくなった人を鞭打つために書いたのではないことをご遺族の 方は理解していただきたい。 ちょっとしたことを経験していなかったために、多くの人の命を奪うことになった。同様な事故が 再発しないためにも、大量輸送手段の運行管理責任者は、従業員に十二分な訓練を実施して より豊富な経験を積む機会を与え、定期的な資格審査をさらに厳重に行ってもらいたい。
(JCNCC 2008/8/1)

    関連記事: JRの事故は首都圏でも起るか
    ヤフーのブログ、御巣鷹山日航機墜落事故




      大型旅客機の油圧系制御不能事故

    • 1972年6月12日、アメリカン航空フライト96、マクダネル・ダグラスDC10の事故。 後方の貨物室扉が、空中で爆発してデコンプレッション(急減圧)を引き起こし、後部の客室席 の床が吹き飛び、コントロールケーブルを切断、油圧系が使えなくなり機体の制御が不能になった。No.2エンジンは、デコンプレッションの時に止まってしまった。方向舵も動かなくなった。だが、パイロットは補助翼(フラップ)と昇降舵だけで機体をコントロールしてデトロイト-首都空港で安全に着陸した。

    • 1974年3月3日、トルコ航空981、マクダネル・ダグラスDC10、の事故。 パリ国際空港を離陸してまもなく、後方の貨物室扉 が吹き飛んでデコンプレッションを引き起こした。 トルコ航空のときは、離陸して上昇中に起こった事故で機体を立て直すことができなかったため 惨事になった。 ここに掲げた他の事故と違って、乗客乗員全員が死亡した。

    • 1989年7月19日、ユナイテッド航空232、マクダネル・ダグラスDC10の事故。 No.2エンジンの回転羽が破損して砕けとび、コントロールケーブルを切断して油圧系が使えなくなり 機体の制御が不能になった。 パイロットはスロットルバルブを巧みに操作して航空機を操縦し296人中111人が なくなり185人が生還した。

    • 2003年11月22日、バグダッドでDHLのエアバスA300 が地対空ミサイル攻撃を受けて コントロールケーブルを切断して油圧系が使えなくなり機体の制御が不能になった。 しかし、エンジンコントロールだけで着陸に成功した。全員生還。 油圧系を使わずにエンジン操作だけで着陸したエアバスA300の初めての例。



      注(1)ダッチロール
      機体を中心に左右に傾く動き。主翼の左と右の動きは逆の動きになる。
      注(2)フゴイド運動
      機首が上下に動く運動、周期の短いものはピッチ運動とも呼ぶ
      注(3)フラップ
      低速で揚力を増加するための補助翼。離陸、着陸時に使われる。



    【フィードバック1ー520人の乗客が亡くなった】
    私も事故当初から圧力隔壁破裂の原因よりは結果、大半の乗客がなくなったことに疑問を感じておりました。 事故がおきて、そのまま墜落したのなら不可抗力とあきらめますがその後、半時間も飛んでいたのですから、 何か墜落をまのがれる手段はなかったのかと疑問に感じておりました。 このブログを読んで、実態がわかりました。パイロットの緊急事態下での技量、経験不足が原因でしたか。  エンジニア (59歳) 京都

    【フィードバック2ーパイロットの腕の良し悪し】
    日航はしりもち事故を起こしていたころから、パイロットの腕を疑問視してました。 パイロットの技量は、全日空の方が上と日ごろから噂されていました。 DHLエアバスA300の事故の場合は、ミサイルを受けて 制御不能になっても、エンジン操作だけで無事帰還していますから、緊急事態のとき、 パイロットの腕の良し悪しが、乗客の生命を左右することがよくわかりました。  会社役員 (61歳) 大阪府吹田

    【フィードバック3ーパイロット操縦ミス】
    私もJALのパイロットの技術には疑問を抱いていた一人です。 御巣鷹の事故以前にも小事故がいくつかありました。以来、日本航空に乗るのは控えています。 パイロットの技術といえば、中華航空A300型機が1994年、名古屋空港で失速し、墜落した事故、 ガルーダ・インドネシア航空(1996年6月13日)、福岡空港を離陸時、滑走路をオーバランした事故、 いずれも、パイロット操縦ミスでした。後進国のパイロットの技量は信頼性が低いということは否めません。 やはり、下手なパイロットの飛行機に乗るのは怖いです。  商社勤務 55歳 東京

    【フィードバック4ーユナイテッドの事故】
    89年のユナイテッドの事故はたまたま乗客の中に日航機事故を熱心に研究していたパイロットが非番で乗り合わせていて、このパイロットの指揮によって不時着を行ったと聞いています。つまり日航機の教訓を生かしているわけで、先に知識・技量があったわけではないと考えますが。  Udom Rod (38歳)

    (編集部) 北米の航空関係者は、過去の事故を貪欲なまでに再現実験などで研究しています。 日航機事故だけでなく、その前に起きた、アメリカン航空の事故(1972)、 貨物室扉が、空中爆発、急減圧、後部の客室席 の床が吹き飛び、コントロールケーブルを切断、油圧が落ち機体の制御が不能になった、 この事故も航空関係者は執拗なくらい研究していました。 なぜ、日航機のパイロットは、過去に起きたアメリカン航空の事故を研究、シュミレーション体験していなかったのか。 アメリカン航空の事故は、JALー123の御巣鷹山事故とよく似ています。ただし、アメリカン航空は無事生還しています。 89年のユナイテッドの事故後の、DHLのエアバスA300の事故も無事生還しています。そのときはJAL-123の事故を研究したパイロットが乗り合わせていないのに、エンジン操作だけで無事生還していますから、ユナイテッド航空の事故と運とは関係ないでしょう。それよりパイロットの技量の要素の方が大きい。仮に、JALの日本人乗客の520人の犠牲で、ユナイテッド航空の米国人乗客を救ったという見方をすると、結果的に哀れJAL-123便はモルモット実験台となったことになります。 それよりも、JALのパイロットは、1972年のアメリカン航空の事故をモルモットとすべきでした。

    【フィードバック5ー油圧のダウンした状況を想定した訓練】
    JAL123便関係のHPの掲示板で紹介されていたので、読ませていただきました。 内容的には興味深いものもありましたが、前提となるデータに疑問を感じる部分が少なくありません。 特に、日本のパイロットの技量が海外のパイロットに比べて劣る、などと記述するについては根拠にしている資料に疑問を感じます。
    「1972年6月12日、アメリカン航空フライト96」
    「1989年7月19日、ユナイテッド航空232」
    この2例は、機長が「独自に」油圧のダウンした状況を想定した訓練を積んでいたという情報があります。特に後者はJAL123便の事故を参考にしたそうです。
    このような特殊な例をもってJAL123便の機長の技量不足、さらには日本のパイロット全体の技量不足を問うことには少なからず疑問があります。 実際には同様な状況で墜落した例の方が多数であり、特殊な訓練をしていた機長の存在のおかげで奇跡の生還を果たしたのがこれらの例と考えるのが自然ではないですか。 また、「酸素マスクもせずに酸素不足なったのがいらいらをおこした原因」などと書くのも理屈がおかしいのでは。 酸素不足になるような事態だとしたら、そもそも操縦そのものがまともにできないはずであり、いらいらどころではないはず。 痛ましい事故の結果、得られた教訓を新たな事故の防止や被害拡大に生かすことは大切です。 しかし、そもそもが過去の事故について、後だしじゃんけんのようなやり方で、「単なる技術の不足」と括ってしまうことに意味があるとは思えないのです。 匿名( 34歳)

    (編集部) 各国パイロット技量の差は、統計的にクルーのミス事故件数/総飛行件数を目安として表されます。過去、30年間を比較してみるとわかります。「実際には同様な状況で墜落した例の方が多数であり、・・・」とありますが、大型機の場合、FAAに報告されているものは多数はありません。実例を示してください。
    酸素不足の「いらいら」は、NASAのレポートによると頭が朦朧となる以前に起こる症状で、この症状が出ない人もいます。JAL123の機長の場合は、言葉がぞんざいになりボイスレコーダーには、副操縦士をどなりつける声が記録されています。これは、機長の性格で酸素不足が原因ではないかも知れません。 「過去の事故について、後だしじゃんけんのようなやり方」ではなく、この事実は事故後すぐに一部の人には公表してありました。今回、ここで一般に公開した理由は、巷で議論が沸騰している間(係争中)は、誤解されて責任論に発展する恐れがあり、20年以上経った今、沈静化してからこの問題を公開、取り上げたのです。 この議論の目的は、将来に同じような事故が起きないように曖昧にされている部分(パイロットの技量差)を明確にして露出することであって、一般人がボイスレコーダーを聞いて、「クルーは誠心誠意本当によくやった」で終わらせてしまうと(実際はそうなっています)将来に何の教訓も残らず再発防止につながらないからです。 この議論の趣旨は「得られた教訓を新たな事故の防止や被害拡大に生かすこと」です。

    【フィードバック6ー事故調査委員会】
    このブログを読んで正直にいって驚きました。 確かに、いままで23年間、この議論は誰もしなかったと思います。 パイロットの技量という、一般の人には分りにくい問題であったことから、 専門家も、マスコミもこの点には触れなかったのは事実です。 あるいは、日本航空が意図的に世間の目を、圧力隔壁、自衛隊の失態などに逸らさせたのかも知れません。
    別の ブログ(日航機墜落事故)の、コメント欄を読むと、このブログを執筆された方は、 米国で20年以上も大手航空機製造企業で設計に携わっていた方だと わかりましたが、この墜落事故分析は非常に綿密で信憑性もあります。一方、国の事故調査委員会の報告書には圧力隔壁破裂事故後の操縦ミスについて一行もふれていません。事故調査委員会にはそこまで事故を調査分析できる専門家がいないのでしょうか。 将来の事故防止の観点から、事故調査委員会は、「油圧系が故障」した時の訓練をパイロットに義務付けるよう航空会社に勧告するべきです。それが事故調査委員会の重要な任務です。(千葉市 システム・エンジニア(コンピュータ) 51歳)





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コラム

国民総参加型の社会への序奏
少数のエリートキャリア支配の終演



 一億総動員時代の始まり、と言っても戦前1938年(昭和13年)の国民ひとり残らず 竹やりを持って最後のひとりまで、 敵と戦う総力戦体制、国家のすべての人的・物的資源を政府が統制運用する国家総動員法にいう総動員のことではない。 平たく言えば、国民総参加型の社会のこと。そんな国民が要となった理想に近い社会が日本にもくるかもしれない。

 先ごろ日本政府、インターネット上の有害情報の監視に、民を含めた「インターネット上の違法・有害情報対策官民実務家ラウンドテーブル(仮称)」を今秋に創設すると発表した。 日本は明治以来今日まで、官僚主権の国家だった。 日本の官僚制は特権的な少数のエリートによる構造的な支配、すなわち、上下構造の もとで官と民は 支配・服従の関係が続いてきた。

 役人は概して国民に冷淡で横柄な対応してきたうえに、 縦割り組織に固守して自分たちの領域に他人が関わってくるとそれを排除しようとした。 (前回のコラム 西側の自由と東側の自由
で述べた、 役所が、市民の苦情を無視するのも役人の自由、 不服申し立て検察審査会の結論を検察が無視するのも自由。 これらは、官僚制の特権、構造的な支配があるからできる自由で、民と官とが同じレベルにある 先進諸国では、こんな民を無視した自由はありえない。)

 エリート官僚と呼ばれる一塊の集団が、民よりもすべての分野で優れた能力があると 誤解や思い込みが 続いてきたために、官僚は民からの協力を極力避けようとして排他的で閉鎖的であった。 それ故に、日本社会では官僚が国民を蔑視する「官尊民卑」の権威主義の傾向が明治以来、ずっと続いてきた。最近その弊害が目立ち始め、先月、 未然に防げる事件も容易に見逃してしまうなど、重大な事件が起こった。

 東京・秋葉原の無差別殺傷事件では、インターネット上の携帯電話サイトに容疑者の犯行をほのめかす書き込みがあった。 もし、インターネット上の携帯電話サイトを、事前に察知していたならば未然にこの事件を防ぐことができた。 如何に警察の能力があると言っても、1日に何百万件の書き込み件数があるインターネットの書き込みを調べることは その数からして到底不可能であろう。 そればかりではない。毎日、一分一秒ごとに進化しているコンピュータ技術をエリート官僚と言えども、追いついていくことが不可能なことは自明である。

 一方、民間の間ではこの書き込みを事前に読んでいたものが居た。 その民間人の協力があれば、この事件は起きなかったかもしれない。 その人が、事前に警察に連絡したかどうかは、正確なところ分からない。 だが、違法駐車取り締まり一つを申し出ても民の苦情を無視し続けてきた従来の排他的で閉鎖的な警察の姿勢が、日頃、民間の官に対する協力に勇気を失わせて居ることは否めない。 最近は、コンピュータ犯罪を監視するために、ついに警察・検察は民間の専門家を大量に採用することにした。だが、それでも優れた民間のコンピュータのスペシャリストには適わない。

 この先進技術のコンピュータ世界では、長い間誇ってきたエリート官僚の権威はぐらつき始め、 縦割り組織に固守して自分たちの領域に他人(民)が関わってくると原則として それを排除しようとする 「セクショナリズム」のドテッ腹に大きな風穴が開き始めている。 先進技術以外の分野でも、今まで、官僚が国民を疎んじた「官尊民卑」の権威主義が、虚ろなもの になりつつある。現実に民の方が多くの点で能力が優れているからである。

 こんな余話がある。今から15年以上も前、55年体制の時代、公取法で禁止されている抱き合わせ商法と思われる商売をしていた大手の量販店を公正取引委員会に文書で警告した時の話だ。
ところが、3ヶ月、半年しても何の返事もない。 電話してみると、「文書は受け取ったが人手不足でまだ調査開始していない」という。 それから、待つこと3ヶ月、やっと一枚のはがきがきた。そこには簡単に「該当なし」とゴム印が1つ押されていた。 明らかに該当していたにもかかわらず、民からの苦情の封じ込め用ゴム印でむげに退けたものと見られる。 役所の権威主義がここでも民の貴重なモニター機能を拒否していた。 役所が人手不足を言うならば、無料で無限に近い市民のモニター機能を何故、十二分に利用しないのか、そのときからずーっと疑問を感じていた。
ところが、最近、偽産地、不当表示、不正賞味期限、不公正廉売、など公取に関してだけ言うならば国民からの告発を真摯に取り上げ始めた。それまでの秘密主義、権威主義を通してきた役所の姿勢が変化し はじめたのである。

 従来の司法制度の中でも、同じような動きがでてきた。国民参加型の裁判(陪審)員制度がそれだ。 国民に裁判する能力はないと、官僚はずっと考えてきた。残念なことに国民の中にも同じ考えの 保守的な人がまだかなりいる。日本という隔離された島国の中で暮らし、海外の先進国の 民主主義の風に一度も触れたことない、現状に満足している民がいる。
「裁判(陪審)員などやりたくない、司法官僚にまかせて置けばよい」 とする自己中心型の意見が、いまだに国民の過半数を占めているのは異様である。
その過半数は、次は秋葉原で刺されて死ぬのは自分かもしれない。あるいは、つぎは冤罪で投獄されるかも知れない。そんなことを考えてみたことあろうか。自分自身に悲劇が降りかかってからでは遅いのである。

 米国にも同じ歴史がある。 前々世紀にアフリカから奴隷として連れてこられた黒人は50年前までは、全く知恵のない 無能な人種だと考えられていた。 それ故に、黒人は警察、司法、行政の仕事には就けなった。 ここで議論している官の仕事から排除されてきた。
ところが、ブッシュ政権のライス国務長官は、黒人である。対イラク戦の司令長官は黒人であった。 いまや、米国の次期大統領は黒人になる可能性が高い。 米国の著名な大学の教授にも黒人は多い。その中には白人よりもよっぽど斬新で優れた 議論をするひともいる。 日本の官僚が国民を見ている目も、昔の米国社会と 同じような誤解、偏見や錯覚を犯していないだろうか。

 従来の官僚機構の秘密主義、権威主義から大きく舵を切った発端は、 言うまでもなく55年体制をぶっ壊すといった 小泉政権からである。小泉政権が旧来の官僚機構 と戦った結果、わずかではあるが徐々に北極の氷塊が崩壊していくように、日本の政治の世界でも雪解け温暖化がすすんでいる。 とはいっても、戦後、日本を占領統治したマッカーサー最高司令官ですら丸め込んだ、強力な日本の官僚機構は、まだまだ健在だ、根が深い。地球の温暖化のように毎年確実に進んでゆく確証は全くない。これから何年、何十年かかって官僚支配の社会が欧米の先進国並みの民主導型社会に変えって行くかはわからない。あるいは、永遠に変わらないかもしれない。

 政府が今国会に提出する「国家公務員制度改革基本法案」では、  国家公務員採用一種試験合格者(キャリア)を幹部に登用するキャリア制度を廃止する。 もともと、日本の公務員採用試験なるものは、中国の科挙を真似た制度で、試験の成績で 将来の出世が決まると言った変貌する現代の世の中には、なじまないものだ。 既にこの科挙は、元祖中国では現代の社会に会わないものとして100年以上前に廃止されている。

 先進国の中で公務員の統一試験があるのは、わが国だけで、アメリカ・カナダ・英国にはない。 その理由は、試験で試せるものは俗に言う大学受験の「読み書きそろばん(加減乗除)」 系だけで、実務的な業務遂行には有能な人材を確保できるが、国家行政に必要な想像力や企画力、未来計画などの高度の能力は、一回の試験で試すことができないからだ。 因みに、一種試験合格者の中で、50年先、100年先の日本の未来像を描けるものは何人居るだろうか。 日本の未来にたいしてこれと言った洞察もないキャリア・エリートばかりでは、これも悲劇である。 今の制度の害多くして益少ない「読み書きそろばん」系の、開発途上国が行っている 公務員採用試験は、先進国に脱皮する際には全廃するべきだ。民間と同じシステムにして 官民の垣根と取り去り、自由に出入りできるほうが、今の後進国性を引きずった制度 より、はるかに有能で優秀な人材を確保でき、活力のある国家戦力が生まれる。

 現行の試験制度では、中くらいの賢い(clever)人材を選ぶことはできても、先見の明のある聡明な(wisdom)人材の選別はできない。 その小利口さが間違うと、 国家(公)のことは二の次にして、私(自己)益、省益にはしり天下り先をせっせと創設して、官製談合を組織して、収賄事件を起こすような、ズル賢さに変貌してしまう危うさがある。 公務員試験結果だけで将来が決まってしまう 制度が公務員のモラルを下げてしまっていることも否めない。

 その抜け目がなさを身近に感じている民主党の小沢代表がこう警告している。 「官僚は必ず『のりしろ』を残しておく。政府案の微修正に応じると、官僚の手のひらの上で踊らされることになる。55年体制そのものだ」。この警告は今の官僚制度の実態を適確に表している。
(JCNCC 2008/7/1)









【フィードバック1ーあきれた特権意識】
いつも納得しながら読ませてもらっています。
日本の役人の思い上がりは、外国にいると特に感じますね。 なかでも外務省のお役人は海外に出て仕事することが多い。 ところが、海外に出てきても国内にいる特権意識そのままで本来の高慢さが直らない。
少し前に、米国のデンバーの日本総領事が、自分のことを「閣下」と周りの人に 呼ばせていたと話題になりました。あきれた驕り意識です。
こんな話もありました。 バンクーバーの日本総領事が自分のワイフを殴り大怪我を負わせて病院に運ばれました。 警察がドメスティック・バイオレンス(DV)の容疑でその総領事を逮捕に行ったところ、 総領事は、外交特権をかざして逮捕を拒否しました。 ドメスティック・バイオレンスと外交特権とどういう関係があるのか、普通の人が考えても 分かるはずですが、程度の低い役人には、何事でも外交特権が使えると思い上がっていたのでしょうか。 勿論、現地の英字新聞にも大きくとりあがられていました。 バンクーバーに住む日本人はこんなに恥ずかしい思いをしたことはありませんでした。 (カナダ・バンクーバー 53歳 専業主婦 )




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コラム

バカンスの季節
西側の自由と東側の自由



 6月、地球の西半分の世界では、待ちに待ったバカンスの季節がはじまる。 これから3ヶ月、学校はお休み、お役所や、ビジネスもいっせいにスローダウンする。 この時期は、役所や企業の責任者がバカンスで居なくなってしまうので、大きな決済事項は、普段の二倍三倍の 時間がかかる。

こんなことは、東半球にある日本ではまず起こらない。起こるとしたら、8月中旬のお盆休みの3,4日の期間だけだろう。 西側の感覚で、日本企業に勤める複数の知人にバカンスはどこかに行くことに決めたか、聞いてみると いずれもまだ決めていないか、大げさにバカンスなど取ることもないとの返事が返ってきた。 バカンスをそれほど心わくわくして待ち望んでいる様子もない。

なぜこんなにも西欧人と日本人のバカンスに対する感覚に違いがあるのか。
最近、知人からこんな指摘があった。
それはこんな内容のものだった。 「このコラム欄では、西側の自由と東側の自由をごちゃ混ぜにして考えていないか。 両者はおなじように見えても本質的に違う。 西側の鏡で日本を眺めてみても全く意味がない。」

確かに言われてみるとその通りかもしれない。わが編集子大いに反省させられた。 例えば、西側では家を一軒建てるにしても、大きさ、形、色、自由に設計できるわけではないし、 周辺環境と調和するものでないと 当局の許可がおりない。 公共の乗り物、建物の中では喫煙も出来ない。 公道で拡声器で騒音を撒き散らす自由もない。

それから考えると、日本にはまだまだ自由が一杯ある。 違法に止めてある駐車違反の車を取り締まるかどうかは、警官の自由であるし、 役人が深夜タクシーで酒を提供されたり、金品を受け取ったりするのも自由である。 日曜日に選挙に行くか行かないかは、本人の自由だ。 役所が、市民の苦情を無視するのも役人の自由だろう。 不服申し立て検察審査会の結論を検察が無視するのも自由である。 まだまだ一杯自由がある。

ある人がこんなことを言っていた。 「西洋社会は自由だ自由だといっていても日本の方がよっぽど自由がある」 確かにその通りだろう。 今日の自由という言葉は、明治以降に西欧から導入された言葉だ。 一説によると、福沢諭吉が著書の中で使い始めたといわれる。 では、明治時代以前には自由はなかったのか、言葉はなかったが自由はあった。 江戸時代の人も自由を十分満喫していた。

現代の日本人の自由の概念はその江戸時代までの自由のまま変わっていないような気がする。 たとえば、サッカーの試合で足でけるボールを、ルールがなければ手で相手のゴールに投げ込むことだって できる。 スポーツに限らずすべての制度にはルールがある。 その社会ルールを守ることが、窮屈だから自由がないとは言えない。 はじめに述べた公けの仕事にたずさわっている公務員や、公けの場を共同で 利用する人の例では、その人々にはそれなりに私的な自由が制限される。 それを、自由だからと思って職務を無視したり、放置すると、西側の世界では怠慢罪にとわれる。

前に、「心の中に雪が降る」*で紹介した 雪の中で行き倒れになった人や路上で発作を起こして倒れた人を見たら、 公務員でなくとも、なにはともあれ真っ先に救急車 を呼び警察に連絡しなくてはならない。 一般市民の通りすがりの傍観者にも重い義務があると法律で決められている。 他人であろうとも、無視したり放置する自由はない。

江戸時代までの自由というのは、端的に言うとルールがない、あるいは出来るまでの原始的な 何でもできる自由だった。(原始的、 野生の動物の世界では厳然たる弱肉強食の基本的なルールの下に自由がある。)

日本を含む、東半球のアジア・アフリカ諸国における自由は、これに近い。 ルールがないから何をしても自由、この概念がずっと国民の頭の中にある。 将軍やお代官の機嫌をそこなわなければ何でもできた。

西側の市民が、バカンスにわれ先に飛び出す理由はこの違いであろう。 西側先進国の社会では、公務員に限らず一般企業の従業員も日頃ルールに縛られ日本のように 自由がない窮屈な状態の中で仕事をしている。 雇用されると、真っ先に手渡されるのは、Scope of Works と呼ばれる、職務リストである。 そこには、事細かく百数十項目余の職務が羅列されている。それに加えて、禁止事項も事細かく 並んでいる。

この項目に一つでも違反すると、解雇の対象とされる。 終身雇用が約束されていない西側の被雇用者は、これにいつも神経を尖らせている。 日本では考えられないことで、日本でも職務分担なるものがあるが、それはほんの1ページ足らずのもの、 あとは、担当者の自由裁量に任せられていることが多い。 これは、日本の管理者がすべての項目を事細かく書き出す能力がないのか、時間をかけて作成するよりも 採用時に口頭で説明すれば済むと考えて作らないのか分からないが、いずれにしても、 西側先進国の社会ほど、ルールはきちっとしていない。

ところが、この最小ルールであいまいな制度が日本の公務員、企業従業員の居心地の 良さともなっていることも事実だろう。 職場の中で、かなりの自由が許される。 役人がタクシーで酒の接待を受けたり、 企業担当者が接待と称して会社の金で飲み食いしたり、ゴルフをすることはいけないというルールはない。 これらの余禄が日本の公務員、サラリーマンにはある。

ルールがないだけ、仕事を進める上で自由度も広がる。 個人の身勝手もある程度許容される。
加えて、定年後の再就職の世話をしてくれたり、冠婚葬祭の面倒まで見てくれる。 それが、多かれ少なかれ会社人間を育て、役所や会社の仕事に愛着心を増していくのである。

乱暴な言い方かもしれないが、この愛着心がバカンスに突進しないしない一つの理由かもしれない。 バカンスに出かけるよりも、役所で、会社で仕事をしていた方が楽だとする本音は、単にものぐさからだけでなく 職場の居心地のよさがそんな気持ちにしてしまうのではないだろうか。
(JCNCC 2008/6/1)






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【フィードバック1】
戦前までは、関西の商家には丁稚奉公という制度がありました。 10歳前後の子供が商家に奉公にだされ、厳しいしつけのもとに年中無給で 夜明けから日没まで長時間働かせられました。 この丁稚たちにも年一回、薮入りと呼ばれた長期休暇が与えられました。 丁稚たちは、この薮入りを半年も前から楽しみに待ちました。 欧米人のバカンスを、待ち望む気持ちと共通しているようです。 (大阪 63歳 昔なにわの番頭 )

【フィードバック2】
昔から、日本人には儒教思想から由来する、働くことは善で、遊ぶことは悪という感覚があります。 西欧の社会にはこの感覚がない。キリスト教においては働くことは、糧を得る手段で 糧が十分得られれば、働かなくてもよい。 遊んで暮らしていても人から羨ましがられることはあったも、後ろ指を差されることはない。 バカンスに関する感覚もこの辺の違いでしょう。仕事一筋に生きているように人から見られている方が 安心できるからです。 (北海道 45歳 男性 サラリ−マン)



コラム

現代の姥捨て政策
累進課税型消費税制度を導入しては



 福田Jr首相の人気が、20%を割った。 ガソリン税の復活や、高齢者医療費の問題が直接の原因のようだ。 いずれも税収のやりくり政策が原因だった。 そのしわ寄せが国民にのしかかり支持をさげてしまった。

高齢者医療保険料を年金生活者から徴収しようとしたところに無理がある。 高齢者の中でも、諸々の収入がある裕福な年金生活者はまだ良いが、国民年金だけの年金生活者にも 介護保険料、後期高齢者医療保険料、などが昨今次々に新設されて天引きされていく。
年金の手取額はやせ細っていくばかり。

税収不足にあえいでいる政府は、この後、高齢者の年金を目当てに次々に新制度を 創設して、天引きが始まるかもしれない。
カンヌ映画祭で金賞をとって、世界に知れ渡ったわが国特有の「姥捨て山」の風習が、現代にも脈々と息づいていた。 少ない年金でぎりぎりの生活設計をたてていた高齢者は、不安がつのるばかりだろう。
特に、75歳以上の後期高齢者層は働いて収入を増やす道がない。決まった収入の中から諸保険料を支出しなくてはならない。 政府がこの人たちの年金を狙う理由は、天引きという簡便で、確実に100%徴収ができるからだ。 根底には、「姥捨て山」的な低所得高齢者への視線がある。

現在の高齢者は、三十年前は現役のバリバリの日本経済の発展の歯車となって働いてきた。 イソップ物語「蟻とキリギリス」に出てくるキリギリスではなく、働き蟻さんたちだった。 蟻さんたちは、その頃の高齢者を一生懸命働いて税金を納め支えてきた。 ところが、三十年経ってみたら自分たちを支えてくれるはずの働きアリさんが少なくなって、「自分たちのことは自分で(Do it Yourself流)」 に変ってしまっていた。
これでは、高齢のアリさんは怒り出すのは当たり前だろう。
どうしてこうなってしまったのか。それは今まで日本の政府が、真剣に将来の人口構成のことを考えてこなかった、 対策を立ててこなかったのが最大の原因である。

ここでは、その責任追及を繰り返さないことにしよう。 いま、福田内閣が苦労しているのは、インフラ整備や社会保障の最低限の 資金を確保しようとすると、ガソリン税を復活させて、高齢者から医療保険料を徴収しなくてはならない。
他にも方法はあるはずだが、一番簡便で抵抗の少ない方法は、これしかない。 だが、国民の不満はつのり支持率を下げる要因になった。

筆者は、高齢者の医療保険料は今の高齢者の受益者負担制よりも税金で広くカバーするのが筋だと考えている。 累進課税方式で余裕のある人は沢山、収入の少ない人は少なく払う。 使い道は平等に、誰もがその恩恵を受けられる。これが税制度の主旨である。 75歳以上の高齢者だけで高齢者医療の赤字分を負担するのは、酷な話だ。

そこで、税収をあげるためにはどうすればよいかという議論になる。
(そのまえに、歳出(支出)を減らす努力が絶対必要だ。行政改革で官業を民業に移し効率を上げて、公務員の員数を 今の半分にしないと、いくら税収を上げてもすぐ不足することは分かっている。この議論は後ほどしたい)
現行の直接税徴収方式で税率を上げても、 日本の場合は、サラリーマン以外は所得収入の補足が完全に出来ない。 徴収漏れが大きすぎて納税者に不公平感が絶えない。
現行の直接税の場合、実質補足率(サラリーマン以外)は、5割以下だろう。もしこの方式で100%補足できれば今の所得税収は 2倍になる。だが、100%の補足を可能にしようと思えば、税収以上の経費、人件費がかかる問題が発生する。 これが今の直接税方式の限界を示している。

これ以外でも、余裕のある人が応分の税金を払わないで得をしている。 いい例では、高級官僚が特殊法人を渡り鳥してその都度、何千万、何億の退職金を得たとしても 今の税制では、まったく所得税をはらわなくてもすむ。
こんな不公平が存在し続けている限り増税は出来ない。 税制度の基本は、国民全体が収入に相応して公平に税負担すると言う制度でなくてはならない。

そこで、間接税(消費税)ではどうか。 間接税で伝票方式にすれば、支出に応じて100%補足出来る。 今の帳簿方式は、不公平で、このいい加減な税方式がなぜ導入されたのか不思議に思う。 伝票方式だと、脱税が出来ない業者の猛烈な抵抗があったからだ。
今の方式では、消費者から税金を取っておきながら、国庫には入らず一部を業者の 懐に入って得をする業者もいる(益税)。ここにも、国民の税負担に対する不満がある。 今の方式、帳簿方式では、これも補足率60%くらいがせいぜいだろう。

また、間接税にすると貧富に関わらず全員一率負担という欠点がある。 これが、消費税率アップ反対派の最大の理由づけだ。 この反対派の言い分は、金持ちも貧乏人も同じ額の税金を払うのはおかしいと 年中、同じ議論を繰り返している。
本当の消費税制度とはそんなに単純なものではない。 反対派の人は、諸外国の消費税の運用方法をつぶさに調べてみてほしい。

消費税制度にも累進課税方式を欧米では採用している。 所得の低い人には消費税を還付する方式をとっている。 消費税を一度払ってもあとで戻ってくる。
この方式を採用すると、低所得者は実質的に消費税を払わなくてすむのだから 消費税が高くなっても大きな不満はでない。 金持ちだけが消費税を払うことと同じだ。 すなわち、消費税率を増やしても低所得者層には影響が出ない。
また、カナダなど欧州の国々では、ぜいたく品とは見なされない食料品には消費税がかからないところもある。

直接税方式で、補足率を上げるためにかかる費用よりも、間接税で還付する費用の方が格段と安価で済む。 その税の増収分で、年金も医療保険、社会保険も税金で賄えるようにするのが理想的だ。 収入が少なくて、年金保険料が払えない若い人でも確実に将来、年金がもらえる。 高齢の年金生活者から無理やりに医療保険料を天引きしなくても介護・医療が受けられる。 収入の補足率を上げ今の税収を増やすには今のところこれしかない。

年金保険料を払えないフリーターが将来、定年になったらどうやって生活していくのだろうか。 生活保護しかその道はのこっていない。 生きる糧を削り取っていく、高齢者切捨ての現在の政策は、現代の「姥捨て山」にも見える。 今の若者の働くモラルに影響を与えていることも見逃すわけには行かない。

税負担の完全公平性をまず確立して、納税によって誰もが公平に恩恵を受けられる社会・医療保障制度 を約束しない限り、今のままでは国民誰一人増税にはすんなりと賛成しないだろう。
(JCNCC 2008/5/1)






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コラム

船長不在のまま荒波の中を出航
日銀総裁の椅子



 今日から新年度、幼稚園で、小学校で、中学校で、園長先生、校長先生が 笑顔で新入生を迎える光景は、全国津々浦々どこでも見られたのに違いない。 だが、今年は、国の経済を舵とる重要な校長先生、日銀総裁がいまだにいない。

 昨年来、日本の経済はバブル崩壊以後もっとも厳しい状態に陥っている。 米国のサブプライムローン(*)の余波で、 日本の銀行、金融機関にも被害が拡大し始めた。
そんな中で、誰がこの国の金融政策を明日から操舵するのだろうか。 政府は、先月、元財務次官を候補として人事案を国会に提出した。 通常ならば、その政府案で決まっていたはずだが、前回の参議院選挙で与党が敗北して少数与党に なってからずっと、 参議院では政府案がそのまま承認されることはまずなくなった。 今回の日銀総裁人事にしても、野党民主党の小沢代表の眼がねにそぐわなかった。 当然のごとく、この人事案は参議院では否決されてしまった。

 戦後、日銀総裁の椅子は財務省高官の天下り先として使われてきた。 ただし、5年ごとに毎回天下っていたのでは国民の目があるから、民間(日銀内部昇格)と交互に椅子につく 慣例を官僚はつくりあげてきた。

 ところが、前世紀末の経済危機のとき、大蔵省(現財務省)の舵取りの失敗で、日本の経済は 10年にも及ぶ不況のどん底をさまようことになる。 その間、国民の財産は、資産デフレによって半分近くまで目減りした。

 この不況を早く脱しないと日本の経済は永久に浮上できなくなるという懸念が広がった。 元大蔵省官僚で、総理大臣まで経験した故宮沢喜一さんを引っ張り出して、経済立て直しを計ったが日本の経済は 一向に回復しなかった。

 当たり前の話で、大蔵省の失策で起きた経済危機を昔、同じアナの狢である宮沢さんが救えるわけがない。 なぜ、思考が同じ宮沢さんを引っ張りだして来たのか。 この時の発想は、今回の日銀人事の発想と同じである。 大蔵省の官僚は、自分たちは優秀な経済専門集団、オールマイティーであると錯覚を起こしている証拠だった。 なんでもできる、この難題を解決できるのは俺たち仲間だけだと過信していた。 ところが、宮沢さんがやっても一向に経済は好転しなかった。

 そこに、小泉さんの絶大な信託を得て 民間から竹中平蔵氏が経済閣僚に登用された。 かれは、大蔵官僚の頑強な抵抗を押しのけて、 財政と金融を分離して、金融機関の不良債権をばっさりと切り落として日本の経済を 見事に立て直した。 シビルサーバント(公僕)官僚が、政治家の政策に反対したり抵抗したりする有様は、 先進国では考えられない政治構造であり、竹中氏はこのことを退任後痛烈に批判している。

 確かに大蔵官僚は、優秀だった。読み書き、たし算、引き算、暗算は速いし、間違いもない。 だが、未知の問題にぶつかった時、このエリートたちは皆目無能となった。 受験戦争で切磋琢磨されたエリートは、それ以外の実務に弱く、難局に遭遇すると知恵も出ない。 このことは、いままで、ほとんどの日本人の知識層は目にして経験して分かっていた。

 注目に値するのは、小泉、竹中両氏は無能の集団と化した官僚の抵抗を徹底して排除し、 正攻法で問題に対処したことが戦後最大の経済危機を脱出する 原動力となったことだった。いいかえれば、今までのお役所仕事では、 今日の難題は解決できないことを示唆している。

 小沢氏は、彼の政治信条のなかで述べているように官僚の支配力を弱体化して、脱官僚政治を目指している。 それゆえに、今回の日銀人事に抵抗をしめしたのは、当たり前のことであろう。

 財政に特化された財務省は、金融部門になんとしてもつながりをつけておきたい。
その気持ちから、日銀総裁の椅子にこだわるのは国家経済のことは二の次にして、省益、自己益を優先したためだ。 財政政策と金融政策を一緒にやっていたから、過去に問題が起きたことは十分承知している。

 それとも、恒久的に天下り先を確保したいために執拗に財務官僚候補を提案し続けていたのか。 総裁がだめなら、元大蔵事務次官を副総裁にしようと、あきらめきらず必死に小沢氏の虚をついて身内を押し込もうとしている有様は、 滑稽にも見える。
小沢氏が、財務官僚天下り容認派の鳩山幹事長、岡田副代表の抵抗を排してどこまで頑張れるか、ここが一つの見所となる。 もしここで、小沢氏が簡単に自己の政治信条を引っ込めるようなことにでもなれば、 小沢支援者は、静かに無言で離れていくことになるかもしれない。
小泉さんがあれだけ国民の支持を得られたのは、変人奇人と言われても彼が最後まで自分の信条を変えなかった ところにあった。
(JCNCC 2008/4/1)



(*注)
サブプライムローン:米国の住宅ローン(モーゲージ)の1種で、貸し手が担保物件に対して担保証券を発行して、 不動産のローンによる売買そのものを証券化、金融機関や投資家の間で取引した。 貸付残高を拡大するために信用度の低い人向けのローンが増加して、返済の遅延・不能、などが続出した。 それによって、サブプライムローンに関係する債券の格付けが低下し債権市場に混乱を引き起こした。



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